第9話 檻と激情

大木の根本にたどり着いた俺は、その場所の光景に思わず足を止めた。


森の広場には五人の人影。

全員、討伐隊で見かけた顔をしている。


各々武装した男達は、開けている大木の周りに様々な荷物を広げて談笑している様だった。


「あっ、お主、琥太郎じゃねえか!」


俺の姿を見た男達が、口々に驚きの声を漏らす。

だがそんなものに反応している余裕は、今の俺には無かった。


広げられた荷物の中に、鉄格子てつごうしで囲われた大きな箱があった。

俺はそのおりの中を見て言葉を失う。



そこには力無く座り込む艶鬼の姿があった。

膝を抱えうつむいているが、頭に生えた二本の角で間違いなく彼女だと分かる。


檻の外が騒がしくなったからか、艶鬼はゆっくりと顔をあげる。

虚な瞳が俺をとらえ、少しだけ見開かれた。

頬は微かに赤く腫れ、殴られた様なあとが見受けられる。



その瞬間、俺は一瞬にして頭に血が昇るのを感じた。


腰のさやに手をかけ、きしむほどに強く握りしめる。

今にも刀を抜きそうになるが、それをなんとか理性で押さえ込んだ。


周りの者達は人間であり、共に戦った仲間達だ。

それを激情のままにるということが、正しい行いでないのは明白だった。


怒りを抑え込もうとする俺の姿を、艶鬼は節目がちに見ている。

彼女と交わした視線の間に、男達が声を弾ませながら割って入ってきた。


「驚いた! よく生きておったな!」


俺のもとへ駆け寄ると、珍しい物でも見るかのように顔を覗き込んでくる。


俺は視界をさえぎる男達を力強く押し除けて、再び鉄格子の中に目を向けた。


「あれは何だ…」


「ああ、恐ろしいだろう! この森に巣食っておった鬼だ! きっとオオイタチにかわって、人間を襲う算段をしていたに違いない!」


「いや、あの鬼は…」


俺が鉄格子の方へ進もうとすると、中にいる艶鬼と再び目が合った。


彼女は他の者に気付かれないように、控えめな動きでくちびるに人差し指を立てる。


俺は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

それは、何も喋るなという彼女の意思表示だった。


「…なぜ鉄格子に? あやつをこの後どうする気だ?」


俺は冷静を装いながら、周りの男達に問う。

視線が泳いでしまってないか不安だった。


「退治してもよかったのだがな。あまりに簡単に捕らえることが出来たので、生きたまま御上に献上しようかと思ったのだ」


「生きたままの妖怪であれば、きっと報酬を追加してもらえるかもしれん。そうでなかったら、その場で殺せばよかろうて」


口々にそんな事をいう男達。

俺はあせる気持ちを何とか鎮めようと、眉間みけんを押さえながら呼吸を整える。



艶鬼が生きていたのは幸いだった。

生きている限り、助けてやれる機会があるかもしれない。


そう自分に言い聞かせ、俺は男達に話を合わせることにする。


その場にいる全員が、森の調査における収穫の話で盛り上がる。

その浮き足立った空気感とは裏腹に、艶鬼は冷たい鉄格子の中で、終始 うつむいたままだった。

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