第8話 再会

森の妖怪達と出会ってから七日目。


空は曇り、日中にもかかわらず森の中は薄暗い。



俺は森の中を流れる小川の側にいた。

近くには滝があり、叩きつけられる水の音が辺りにこだまする。


視界の開けた岸辺には、鳥や羽虫達が飛ぶ姿が見えた。

ここは大木のねぐらからは少し離れた場所だった。


誰もいないその場所で、俺は刀を構えて呼吸を整える。


「はあぁぁっ!!」


気合の声と共に、何も無い空中へ連続で斬撃を放つ。

無数の旋風が巻き起こり、辺りの落ち葉が舞い上がった。


続け様に斬撃を繰り出した俺は、ピタリと動きを止めて静かに息を吐き出す。

刀からは金属が振動する低音が響いていた。


「よし、体の方は万全だな」


そう言って構えを解き、握っている刀を眺める。


妖怪達が施した手入れが隅々すみずみまで行き届いた刀身は、淡く艶美な輝きを放つ。

まるで鏡の様に俺の姿を映り込ませていた。


身体の調子を確かめた俺は、その刀をさやに収めて一息つく。




ふと、森の様子が変化するのを肌で感じる。

一陣の風が吹くのと同時に、辺りに潜む動物達がざわめき立つのが分かる。


「…何だ?」


違和感を覚えた俺は辺りを見回す。

周りを囲む茂みが風に揺れ、葉の擦れる音が不気味に囁いていた。




瞬間、何かが森の中から勢いよく飛び出す。

細い棒状のそれは、俺の顔を目掛けて真っ直ぐに突き進んでくる。


音を立てながら空を切る飛来物を、俺は間一髪、目前のところで掴み取った。


摩擦まさつで微かに痛む手の内には、一本の矢が握られている。



「あれっ、お前は琥太郎じゃねえか!?」


いぶかしげに矢を眺める俺に、森の中から声がかけられる。

同時に、茂みを掻き分けて人影が姿を現した。


俺はその人物を知っていた。

オオイタチの討伐隊に、共に参加していた男だった。


「なんじゃー! 生きておったのか!」


驚きと喜びの入り混じった口調で男は言う。


俺はそんな男に対して、皮肉を込めて口にする。


「この矢が当たったら、死んでおったがな」


「すまぬすまぬ! まさか人がおるとは思ってもみなかった! 生き物の気配がしたから、妖怪の類かと勘繰かんぐってしもうたわ!」


自分がしでかしたことを分かっていないのか、男はとても軽い口調で話す。


「よく生きておったな! あれから七日だぞ、これは仲間も喜ぶじゃろうて!」


そう言って、男は俺の肩を馴れ馴れしく叩いた。

まあ、大事には至らなかったので、矢を射掛けた事は水に流してやろう。


それよりも、俺は気にかかる事があって男に問いかける。


「お主は何故ここにおる。その反応からして、俺を探しに来た訳でもあるまい」


「いやなに。オオイタチを退治した後の、森の調査を命じられたのじゃよ。すぐにでも帰りたかったが、御上おかみの命令には逆らえんからのう!」


笑いながら言う男の言葉を聞いて、俺は心臓の鼓動が速くなるのを感じる。

とてつも無く嫌な予感がしたからだ。


「悪妖は退治したというのに、御上はいったい何を調査させようというのだ」


「話によると、この森には他の妖怪も巣食っておるという噂じゃった。そしてその噂は本当じゃったよ!」


俺の額を汗が流れる。


「向こうに大きな木が見えるじゃろう。あの辺りで、先程鬼を捕まえたのじゃ!」


心臓が強く脈打つ。

俺は思わず唇を噛み締めた。


「あんなものがおるのに。お主よく無事じゃったのう! さすがは世に名を轟かせる剣豪じゃ!」


「っ…!?」


気づけば、俺は目の前の男を無視して走り出していた。

全力で大木のある方角を目指して駆け出す。


「おいっ、いきなりどうした!?」


背後からは男が戸惑う声が聞こえる。

だがそんなものに構う余裕など、今の俺には無かった。


「艶鬼…」


俺はつばを飲み込み、奥歯を噛み締めた。


道中、森に茂る木々が肌を傷つけたが、足は止めない。

むしろ駆ける速度は次第に速くなっていく。


今はなによりも、艶鬼の安否が気がかりで仕方がなかった。

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