第7話 溶けかけの守護者

宴会は夜遅くまで続いた。


騒いで飲み食いを終えた大木の根本を、宴の後の妙な静けさが包んでいる。

くすぶる焚き火の周りには、酒に酔って寝転んでいる妖怪達の姿があった。


艶鬼もその例外では無く、顔を赤くしてだらしの無い格好で俺の膝元にうなだれている。


「まったく、世話が焼ける…」


俺はそう口にすると、艶鬼を両手で抱き上げた。

そのまま、根元のねぐらまで運んでやる。


敷かれた藁の上に艶鬼を寝かせて、俺はすぐ横の壁に背中を預けて座る。


「琥太郎ぉ…」


俺も眠りにつこうかと思い、目を閉じたのも束の間だった。

艶鬼が俺の腰回りに這い寄り、足元に顔を押し付けながら唸り声を上げる。


「なんだ酔っ払い」


「わらわは酔ってなどないぞぉ…」


「その顔でよく言う…」


艶鬼はうつろな瞳をしていて、今にもよだれを垂らしそうな顔をしていた。

俺は呆れて大きなため息をつく。



「…やはり、琥太郎は人間の里に帰ってしまうのかのう」


少しの間の後、突然呟く様にそう口にする艶鬼。

彼女の口調から、別れを寂しがっているのを確かに感じる。


俺はその気持ちに対して、何と答えてやるべきなのだろうか。

一瞬だけ迷ってから口を開く。


「そうだな…。俺は人間で、お主らは妖怪だ。あまりここで世話になり過ぎるわけにもいかん…。この森の穏やかな雰囲気は、なかなか居心地がよいのだがな…」


「そうじゃろう、そうじゃろう。…先祖代々守ってきた。わらわの自慢の故郷じゃからのう」


艶鬼は満足そうに顔をほころばせていた。

その表情はむしろ、溶けかけていると言った方が正しいかもしれない。


「この森に住む妖怪達は皆心優しい者ばかりじゃ。それ故にあまり力を持つ者がおらん。亡き父に代わって、わらわがこの森をしっかり守ってやらねば…」


力無くうなだれるその様は、とても何かを守ってやれる者の姿には見えなかった。


「…お主とて、あまり力は強くないだろう」


「何を言う! 人からも妖怪からも恐れたたえられる、鬼の血を受け継いだわらわじゃぞ…今にお主にも負けないほどの強さを得てみせるわ…」


「そうか…。ならばはようそうなるがよい。俺が森の外に出たら、出来るだけここには人が近づかぬよう計らおう。その間に少しでも立派な大人になるがよい」


「あーー。またわらわを子供扱いしたな。お主は本当に分からず屋じゃ…」


艶鬼はそう言って拳を丸めると、俺の腹に力無く叩きつける。

その攻撃は、驚くほど痛くも痒くも無かった。


「お主が居なくなったら…、寂しくなるのう…」


そう呟いた艶鬼は、呼吸と共に小さな体を上下させる。

微かな寝息をたてながら、寝言を口から漏らしていた。


「わらわが…しっかりせねば…」


その言葉を最後に、艶鬼は完全に眠りにつく。

普段は明るく振る舞っているが、彼女はその身に大き過ぎる荷を背負っているようだ。



そんな艶鬼の横顔を眺めて、俺は一人物思いにふける。


短い時間ではあるが、一緒に飯を食い、寝床を共にした艶鬼と森の妖怪達に、俺は妙な愛着を感じていた。


穏やかな日常を好む彼らは、人間だとか妖怪だとかそんなものは関係無しに、平穏を求める同じ生き物だと思える。


しかし、オオイタチの一件があったように、いつ再びこの森に脅威が訪れるかわからない。

そんな中で、一人で頑張ろうとしている艶鬼の存在は、どこか放って置けないという気持ちを感じさせられるのだった。


「俺に娘やめいがいたら、こんな感じだったのかもしれぬな…」


そんな言葉を、俺は無意識に口から漏らしていた。

くだらない事を考えてしまった自分が可笑しくて、俺は静かに嘲笑する。



随分とこの森に毒されている。


そう思った俺は考えるのをやめて、そのまま眠りにつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る