第6話 紫の舞

この場所に来てから五日が過ぎた。


戦いの傷はすっかりと癒え、言葉を交わせない妖怪達とも、随分と打ち解けてしまった。



空に満月が美しい夜。


大木の下では様々な小妖怪がより集まり、火を焚いてうたげを開いていた。

様々な食べ物が用意されていて、それを囲んだ妖怪達は、楽器を手にして楽しそうに踊りを踊っている。


目の前に広がっている異様な光景を目にしても、もはや驚きの気持ちは湧いてこない。

むしろそのほのぼのとした雰囲気に、妙な安心感を抱く有様だった。


「ほれ琥太郎、早うこちらへ来て座らぬか」


まきのくべられた大きめの焚き火を前に、艶鬼ははしゃいだ様子で俺を呼ぶ。


「満月の夜は、みなで宴会をするのがこの森のしきたりなのじゃ。客人のお主も、今日は特別に参加することを許すぞ!」


俺は艶鬼が示す場所にあぐらをかいて座り、

辺りを一望する。


みな随分と浮き足立っておる…。宴会が好きなのは、人間も妖怪も変わらぬのだな」


小さな太鼓の音が耳に心地よい。

弾むような弦楽器の音色は、陽気な音楽を奏でている。

目の前の炎はその音に合わせるかの様にうねり、弾ける音を出していた。


「うむ。しかし今日は一段とかしましい。オオイタチのせいで、ここしばらくは宴どころではなかったからのう」


そう言った艶鬼は、懐から小さなさかずきを二つ取り出す。

そして腰からぶら下げた瓢箪ひょうたんの蓋を開けると、赤くて艶のある杯に透明の液体をそそいだ。


「こうしていられるのも、全てはお主のおかげじゃ。さあさあ、ぐいっといくがよい」


艶鬼は片方の杯を俺に差し出す。


「鬼の一族に代々製法が伝わる酒じゃ。わらわがほんの少し手を加えておるが…、お主の口に合うかのう」


俺は受け取った杯の中身を見てから、それを一思いにあおる。


微かな甘みと、程よい辛口具合が絶妙であった。

まろやかな飲み口で嫌味が無く、いくらでも飲めそうだ。


俺はキツめの酒が好みだったが、この酒に関しては、素直に美味いと思える独特の味がある。


「美味い…」


俺が呟く様に漏らすと、艶鬼は表情を明るくした。

そして空になったさかずきに、瓢箪ひょうたんから追加の酒を注ぐ。


「そうじゃろう、そうじゃろう! お主なかなかいける口じゃのう! 好きなだけ飲むがよいぞ!」


そう言って上機嫌になった艶鬼は、自分も酒をあおり始める。


わっぱが酒を飲むのか」


「…またか! お主、いい加減分かっていてわらわをわっぱ扱いしておるな!」


俺は艶鬼の憤慨に答える様に、意地悪い笑みを浮かべてみせる。


「性格のねじ曲がった奴じゃ、もうよい。全く意地の悪い…」


艶鬼はねている様な素振りを見せていたが、あまり悪い気はしてないようだった。





宴の最中、艶鬼は突然立ち上がる。

酒とさかなを飲み食いし、気分が高揚したのだろうか。

ふらふらと歩いて、妖怪の楽団へ近づいていくと、何やら耳打ちをする。


その瞬間から、宴を包む演奏の音は変わった。


太鼓が主体の陽気な音色から、弦楽器が主張する凛とした調しらべへと変化する。


大木の前に立ち、月の光に照らされた艶鬼は、その調に合わせて舞始める。


紫の着物がなびき、すそや肩口からのぞく白い肌が月光に輝く。

幼い見た目でありながら、べにで化粧を施されたその表情は、妖しく、そして艶やかで美しかった。



ふと思い立ち、俺は身に付けていた道具入れを漁る。

そして薄汚れた巾着の中から、小振りな横笛と、ある物を取り出す。


ある物とは、ひものついた鈴をいくつも束ねてより集めた、独特な輪っかだった。


俺はそれを手に巻き付け、さらに横笛をくわえる。

そして妖怪達が奏でる調しらべに合わせるようにして、笛の音を鳴らすのだった。

時折、鈴を巻いた手を弾ませて、その音色も重ねる。



その俺の姿を見て、艶鬼は驚いた顔をみせていた。

しかし、彼女は舞を止めずに踊り続ける。

妖怪と俺が奏でる音楽に、艶鬼はそのまま楽しそうに身を任せるのだった。



合奏が終わり、宴は再び陽気な調に包まれる。

舞の披露を終えた艶鬼は、すぐさま俺に詰め寄ってきた。


「凄いのう! お主は刀捌かたなさばききだけで無く、笛の音も達人であったか!」


「笛は趣味程度だ、これで達人を名乗ったら、本物の演者に鼻で笑われてしまう」


「いや。誇るべき才があると、わらわは思うぞ!」


何故か自分のことの様に鼻を高くする艶鬼。

だが褒められて悪い気はしなかった。


暇潰しの小芸が、こうも喜ばれるとは意外であった。


「その手に握っておるのは何じゃ?」


「これは鈴をより合わせたものだ。魔除に一つ持ち歩いていたが、旅先で新しいものを見つける度に収集するくせがついてな」


興味深そうに俺の手元を見つめる艶鬼に、俺は鈴を渡す。


「おー! たくさん種類があるのう! 今まであまり気に留めたことは無かったが、鈴というのもなかなか美しい品じゃのう!」


目を輝かせながら、艶鬼は鈴を振り回して無邪気に遊ぶ。


「気に入ったならば、それはお主にやろう。命を救われた礼もしなければならぬしな」


「良いのか! いやしかし…、それではお主の魔除が無くなってしまうではないか!」


艶鬼は鈴が欲しい気持ちと、俺への気遣いとの葛藤かっとうで悩ましい顔をする。


「ならば、一つだけ譲り受けてもよいかのう?」


「お主がそれでよいのならば、好きなものを選べ」


「うーむ、悩んでしまうのう。…では、これを」


束ねた鈴の中から、艶鬼は赤く色付けされた鈴を選ぶ。

俺はそれを束から解き、艶鬼に渡してやる。


「うふふ、有り難く頂戴するのじゃ」


艶鬼は心底嬉しそうに笑顔を見せた。

そして髪を留めているかんざしの中から一輪だけ抜き取ると、受け取った鈴を括り付ける。


彼女はそれを髪に挿し直すと、小刻みに体を揺らして、頭の上で鳴る鈴の音を楽しんでいた。

随分と浮き足立った様子だ。



その後しばらくの間は、艶鬼の鳴らす鈴の音が、宴に響き続けていたのだった。

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