第5話 眼精疲労

次の日。


俺は大木の根元で身動きが取れなくなって困っていた。

というのも、身の回りに所狭しと密着してくる妖怪達のせいだ。


様々な動物の姿をしたそれらは、あぐらをかいて座る俺の肩や頭、股座またぐらなど、全身に乗っかり腹を見せていた。


遠くから眺めているだけで、昨日まで全く近づいて来る気配が無かった妖怪達が、突然こうなった理由は分かっている。



その犯人である狼の様な妖怪が、目の前の少し離れた場所で、自慢げな顔をして尻尾を振っていた。

俺はそいつを、枕妖怪まくらようかいと呼ぶことに決めたのだ。



その理由は昨晩の出来事。


就寝前のことだ。

艶鬼がねぐらを少し離れると言い、自分の代わりにと狼の様な妖怪を置いて行った。


犬だか狼だかよくわからない見た目をしているそいつは、全身を綺麗な毛に覆われていた。

俺が寝ようとした途端、自ら頭の下に潜り込み枕になろうとする。


その手触りの良さには驚かされた。

想像と異なり、獣臭さも全く無い。

触っても完全に無抵抗だった。


魔の刺した俺は、犬ころをあやすような感覚で、その妖怪を撫で回してやった。


それが気持ち良かったらしく、妖怪はねだるように声を上げて俺に甘えてくる。


そんなやりとりをしてから眠りにつき、今日を迎えた。


おそらく、枕妖怪が仲間にその出来事を伝えたのだろう。

起きてねぐらの外に出てみれば、様々な妖怪が俺を取り囲み、腹を見せて来たというわけだ。



「まったく、なんなんだこの状況は…」


俺は口にしながら、まとわり付く妖怪達を順番にあやしていく。


「くっくっく、随分と懐かれたものじゃのう」


どこからとも無く現れた艶鬼は、機嫌がよさそうに笑っていた。

その肩に枕妖怪が飛び乗り、彼女の首元に頭を擦り付ける。


「おおそうか、琥太郎の指捌きは、気持ちのいツボをおさえた妙技であったか」


艶鬼は言葉を使わない妖怪の言いたいことが分かるようで、枕妖怪と意思疎通していた。


「よいのう、よいのう。わらわもその妙技、味わってみたいのう」


そう言った艶鬼は、座っている俺の目の前に意地悪い笑みを浮かべながらしゃがみ込んだ。


「のうのう、わらわの気持ちのいツボがどこだか、わかるかえ?」


妙な色気をかもし出し、舌舐めずりしながら俺に顔を近づけてくる。


俺は迫ってくる艶鬼の鼻を、少し強めにつまんでやった。


「お主のツボはここかのう」


「そうそう、鼻の上がきゅっと締まって眼の疲労に効くぅ…って、違うわぁっ!!」


艶鬼はわめきながら、俺の手を払い除ける。


「たわけが! そうじゃないじゃろうが! わらわが色目を使っておるのじゃから、ちゃんとたぶらかされんか!」


「色目? すまぬが俺は、わっぱ相手では反応出来んようだ」


「ぬぅぅっ、またわらわをわっぱ扱いしたな! 前に食ろうてやると言ったじゃろうが!」


「確かに言っておったな。しかたない。ここは大人しく、食われてやるとするか」


「ぬううう、馬鹿にしおってぇ…」


機嫌を悪くした艶鬼は、頬を膨らませるとそのまま根元のねぐらに帰ってしまった。


「ちと、やりすぎかたかのう」


俺は手の中に収まっている妖怪に問いかける。

言葉の通じない妖怪は、とぼける様に首を傾げていた。


「まあ、すぐに忘れるだろう」


今まで艶鬼とやりとりをしてきて、同じような事は二度三度あった。

しかしどの時も、次に顔を合わせた時にはけろりとして、いつも通りに戻っていた。



それから数分後。


外に出てきた艶鬼は、当たり前のように俺に話しかけてくる。

その様子があまりに予想通りで、俺は思わず笑ってしまうのだった。

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