第3話 柔らかい枕

次に目を覚ました時、寝転がる俺の頭は、何か柔らかい物の上にあった。


「起きたか…」


少女の声が聞こえる。


「ここは…」


俺は辺りの様子を見える範囲で確認する。


どこか狭い洞窟の様な場所にいた。

周りを土の壁で囲われ、その壁には太い根が張り巡らされている。


すぐそばに見える入り口からは、外の光が差し込んでいた。

陽が登っている。かなりの時間を眠っていたようだ。


「ここは大木の根っこの中じゃ。わらわのねぐらでもある!」


そう言われて、俺は洞窟の奥に目をやる。

木製の道具や、ふたのされた壺やらが乱雑に置かれていた。


自分が寝転がる床には、わらのようなものが敷き詰められている。


周りの状況は置いておいて、俺は気に食わない事があり顔をしかめた。


「なんの真似だこれは…」


妙に柔らかいものが頭の後ろにあると思ったら、俺が枕にしているのは、妖怪の少女の太腿ふとももだった。


「何って、介抱してやってるのではないか! ありがたく思えよ、わらわのようなうるわしき女にこんなことをしてもらえて」


俺の顔を少女が覗き込む。


その見た目は歳にして十二か十三といったところか。

髪の色は黒く、長い後ろ髪をかんざしで結ってまとめている。

紫の着物をはだけさせ、肩口が露出していた。


「どうみてもお主はわっぱにしか見えんのだが…」


「失礼な奴じゃ! わらわは200年を生きる鬼じゃぞ! もう一度 わっぱとぬかしおったら、ろうてやるからな!」


「鬼…、どおりで角が生えているわけだ」


俺は彼女の額に生える紅い角を見る。


「わらわは艶鬼えんきと呼ばれておる。お主の名は何と申すのじゃ?」


「…琥太郎こたろう


「琥太郎か、覚えたぞ!」


艶鬼と名乗った鬼の少女は、屈託くったくの無い笑顔を浮かべる。


それを見て、俺は再び沸いてきた疑問を彼女に投げかける。


「何故、俺を助けた…」


艶鬼は俺の問いかけに目を丸くする。


「昨日も申したじゃろう。お主に感謝をしておるからじゃ。…わらわだけでは無い、この森に住う妖怪達全てがな」


俺と合わせていた視線を外し、艶鬼は入り口の外に目を向ける。


「わらわはお主がオオイタチと戦っている所を見ておった。その凄まじい強さ、誠あっぱれであったぞ。まるでわらわの父を見ているかのようだった…」


「父?」


「そうじゃ。わらわの父は凄いのじゃぞ! 最強の鬼として名を馳せ、長としてこの森を長年守ってきた自慢の父親じゃ!」


その話を聞いて、俺は嘲笑を浮かべた。


「ほう、ならばその最強の鬼は、あのオオイタチを放ってどこで何をしていたのだ? 長の務めはどうした」


「父は…」


それまで楽しそうに話をしていた艶鬼は、突然表情を曇らせた。


「…オオイタチとの戦いに敗れ、命を落としてしもうた」


俺は言葉を失った。


別に妖怪が死のうと知ったことでは無かったが、それ以上茶化す気にもなれず口を塞いで黙りこくる。


「わらわのせいじゃ…。父はわらわを守りながらでは、十分に力を発揮できなかった…」


艶鬼は自分の手のひらを見つめて、ぼやくように続ける。


「悔しいことに、わらわには父のような力が無い。森の妖怪達も奴には歯が立たなかった。苦湯にがゆを飲むような思いで、奴をのさばらせることしかできなかった…」


そこまで言って、彼女は突然、俺の体をぴしゃりと叩く。

思わぬ行動に俺は痛みで声を漏らした。


「だが、それをお主は退治してみせた。森に平穏を取り戻し、我が父の仇も取ってくれたというわけじゃ!」


再び明るい口調に戻った艶鬼。

だが、俺は彼女にかける言葉を見つけられなかった。


「故に、お主には誠に感謝しておるのじゃ。特にわらわはな!」


少なくとも、目の前の妖怪が言っていることは本心なのだろう。

俺の中で歩に落ちなかった疑問が解消される。


「お主を介抱するのは、我らの勝手な善意じゃ。傷が癒えたら、森の出口まで案内しよう! それまでは好きなだけここにいてくれて構わないのでな!」



一連の会話を経て、俺は安堵した。


複雑な気持ちだが、妖怪に食われることが無いのは確かなようだった。

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