第2話 こうべを垂れるは魑魅魍魎

暗闇に覆われた意識の中から、俺は目を覚ます。


どうやら地面に仰向けで倒れているようだ。

節々に鈍痛が走り、身体全体を倦怠感けんたいかんが支配している。


俺はゆっくりとまぶたを開き、瞳に入ってくる霞んだ視界に目を泳がせた。


「おお。やっと目を覚ましおったか…」


かたわらから女の声が聞こえた。

安堵の入り混じる、か細い声だ。

重い首を捻り、俺は声の主を視界にとらえる。


ボヤけた紫。

身に付けた衣服の色だろうか。


次第に焦点が定まり、その人物の姿が鮮明になっていく。



俺のそばに居たのは、紫色の着物をまとい、額から二本の角を生やした少女だった。

目尻と唇には赤いべにを引いている。


「…妖怪っ!?」


明らかに人ではないその少女を目に、俺は咄嗟とっさにその場から飛び退いた。


全身に激痛が走ったが、歯を食いしばりなんとか耐えしのぐ。


俺はそのまま転がるようにして、妖怪との距離を離した。

しゃがみ込んだままの体勢で、腰の刀へと手を伸ばす。


しかし、俺の右手は虚しく宙を空ぶる。

腰を一瞥いちべつすると、さやは残っているが愛刀の姿が無い。


そこには短い脇差わきざしだけが残っていた。


俺はすぐさまその脇差を引き抜き、目の前の妖怪に向かって突き向ける。



「…落ち着くのじゃ。人の子よ」


少女の姿をした妖怪は、静かにそう言い放った。


俺は立ち上がろうとするが、激痛で思うように体が動かない。

地面からひざを離すことが出来なかった。


「俺をろう気か…? ならば、一思いに殺せ…」


苦痛で顔を歪ませながら、目の前の妖怪をにらみつける。


「お主は阿呆あほうか、ろうてやるつもりなら介抱などせんわ」


呆れた様子で妖怪は言う。

そして逆手で俺の体を指さした。


俺は恐る恐る自分の胴体を確認する。



鎧防具が外され、白いさらしが巻かれていた。

内側から血が滲み、赤い模様を描いている。


この状況、いったい何が起きているのか自分では理解出来なかった。


「何故、介抱した…?」


俺の問いに、妖怪は薄らと笑みを浮かべる。


「我らはお主に感謝しているのだ、あのオオイタチを滅してくれてな!」


「我…ら…?」


俺が疑問を口からこぼした瞬間だった。

辺りに一陣の強風が吹く。


木々が騒めく音を聞いて、俺は初めて周りの光景に目を向ける。


暗い森の中、ここは広場の様な場所だった。

開けた空からは微かな月明かりが差す。

中央に巨大な木を一本生やし、広い感覚を空けてから、その周りを円を描く様に木々が生茂る。


その木々の中、全方位を囲む森の中から、そいつらは現れた。


鋭い牙。複数に枝分かれした尾。

月明かりに照らされ、淡い輝きを放つ体毛。


数十、いや数百はいるであろうそれらは、犬、猫、狐に狸、蛇やらトカゲの様な見た目をしていた。

しかし、普通の生き物を彷彿とさせる姿をしながらも、明らかに妖怪である事が見て取れる。



俺は周囲の光景に言葉を失う。


目を見開いている俺の目の前に、小柄な狼のような妖怪が近づいて来る。

口には俺の愛刀をくわえていた。


その刀を俺の側へ静かに置いた妖怪は、小走りに鬼の少女の元へと駆けていく。


「お主の刀じゃ。ずぶ濡れになっておったからのう。手入れをしておいてやったぞ」


飛びついて来た狼を抱えながら、妖怪の少女はしたり顔をする。



自分の愛刀をまじまじと見つめた後、顔を上げた俺と、妖怪の少女は視線を合わせた。


その瞬間、彼女は俺に向けて深々と頭を下げる。


「この度は、誠に感謝する…」


妖怪の少女の言葉と同時に、周りの妖怪達もそれぞれこうべを垂れる。


その異様な光景に、俺はいったいどんな顔をしていただろう。

しばらくして頭を上げた妖怪の少女は、俺を見てくすりと笑うのだった。


「ふふ、驚いているな。安心せい、ここらにいる妖怪達は皆幼い。お主をどうこうする度胸もない奴等ばかりじゃよ。ひとまず話でもしようではないか」


その言葉の真意は読み取れない。

それでも、殺気や邪悪な気配は確かに感じられなかった。


「話すだと…妖怪と人間が、何を話すと言うのだ…」


俺はあらわにしていた警戒心を少しだけ緩める。


そうして気を抜いたからか、俺は猛烈な目眩に襲われて、地面にひれ伏す様に両手をついた。

なんとか姿勢を戻そうと、苦悶の声を漏らしながら体を上げる。


「おいおい、無理をするな! 死んでもおかしくない重傷を負っていたのじゃぞ!」


俺の視界は少しずつ暗転していく。


なんとか意識を保とうとしたが、それに抗えなかった俺は、その場で昏倒してしまうのだった…。

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