第35話 青い屋根のお屋敷
老執事に案内された屋敷は、多少古くは感じるが青い屋根が可愛らしい二階建ての屋敷だった。
ヴェスティア公爵は“小さい”と称していたが、アラタの知る元の世界の一般的な一軒家と比べるのも馬鹿らしくなるような、かなり大きな建物であった。塀に囲まれた庭も十分に広く、手入れが大変そうだと感じるほどだ。
立派な両開きの扉を開けた屋敷の中は広間の他にも多くの部屋があり、アラタ達が一人一部屋ずつ使ってもかなりあまる。さすが公爵家が所有していた物件というべきかバスルームもしっかりと備えられており、キッチンもそこを使いこなせる人物がアラタ達にいるかはおいといて立派な物であった。
「長い事使われていなかったのか
アラタはそう言いながら換気の為に窓を開けた。風が舞い込み、室内の埃が舞い上がる。これは掃除も大変そうだ。
「家具も買わないとな。この私に合う逸品をそろえたいものだ」
ルノワが言うように、屋敷の中は家具もなくがらんどうだ。おかげで広い屋敷がなお広く見える。
どうもこの邪神様はどうも家具や調度品にこだわり散財する傾向があるようだ。ティウスのダンジョン攻略で得た報奨金で最初に買っていたのは高価なティーセットだった。
多額の褒賞を得たとはいえ、ここは不可思議な
「ふむ。しかし、ルノワ様の神殿といたすには少しみすぼらしくも感じますな……」
「お前は文句があるのなら外に小屋作ってやるからそっちで寝ろ」
「なんだと小僧! 私にも専用の部屋があってしかるべきだ!」
屋敷の広さに感動した自分が馬鹿にされている気がしてアラタは腹が立った。生意気に文句をつけるコツメカワウソにはカワウソ小屋で十分だ。
「今日は一先ず帰るとしよう。アラタ達も引越の荷物とかあるだろう?明日来てここの掃除をしよう」
一通り屋敷を見て回ったアラタ達だが、どうもこの屋敷は長い事使われていないようでどうにもすぐに住めそうにはない。これは一日では引っ越し作業は終わらないと思っていたアラタ達も、バリスの提案に同意してこの日は解散となった。
その日の夜、定宿にしている輝く黄金鳥亭に戻ったアラタ達は食堂で夕食をとっていた。
時間帯からいって、仕事終わりの冒険者や労働者で輝く黄金鳥亭の食堂は人で溢れかえっていた。視界の端で看板娘の小さい女の子が、喧噪の食堂の中をパタパタと忙しそうに動き回っている。
バリスは自分の宿に帰り、ししゃもは昼間の言葉をもう忘れたのか晩酌がしたいと言って酒と肴を持ってどこかへと出かけたので、ここにはアラタとルノワと二人きりだ。
あのコツメカワウソは自分の事を“策謀の魔王”と自称していたが、毎晩遅くに泥酔して帰ってくるのを鑑みると“酔いどれの魔王”くらいの方がふさわしい。
輝く黄金鳥亭自慢の美味しいネネカウのポタージュを食べながら、アラタはルノワに尋ねた。
「よくヴェスティア公爵は蔵書の閲覧を許可してくれたよな。……使ったのか?」
周囲に他の冒険者達がいる為明言していないが、「催眠を使ったのか?」という意図だ。アラタがそう感じるくらいにはとんとん拍子に事が進んだように思えた。
書庫の閲覧と出入りは元より、一部を除いた蔵書の貸し出しまで認められていた。一介の冒険者の唐突な願いを、あそこまで聞き入れるものなのだろうか?
事実、居並ぶ群臣や老執事は驚愕の表情でヴェスティア公爵の裁可を見ていた。
「使わないと言っただろう。魔法使いが知識を求めるのは珍しい事ではない。何も不審には思わなかっただろう。後は私の交渉術と美貌だろうな」
ルノワが冗談めかしてそう答えるが、あのヴェスティア公爵が色香に惑わされたとは思えない。そして交渉術というよりも、単にお願いしていただけのように見えた。もしかしたら自分が気付けていないだけで、何か理由があるのかとアラタは考える。
催眠を使わなかったのは本当だろう。ルノワはそういう嘘をつくタイプの人間ではない。
「美貌ねえ……。なあルノワ、これからどうするんだ? オーバーヴェスト城の書庫で毎日みんな仲良く調べものか?」
「当然私は行くが、別にお前らは来なくてもいいぞ? 見ても何が必要な情報かわかるまい」
確かにそうだ。ルノワの翻訳サービスのおかげで文字は読めるが、何が必要な情報で何がいらない情報なのかの取捨選択ができるほどの知識の共有はしていない。ついて行ったところで何もできないだろう。いつもルノワに任せきりな気がして、アラタは少し自己嫌悪する。
「それじゃあしばらく暇かな……」
暇か――。
思えばこの世界に来て一ヵ月。戦いやら何やらにおわれて、ゆっくりと考える時間もなかった。
バリスはどうするだろうか?
彼女のことだ、きっと依頼を受けて冒険に行くだろう。将来的にルノワと神に会うために神殿巡りをするなら道中危険があるだろう。今のうちに場数を踏んで力をつけておく必要がある。
それとも食欲旺盛なバリスのことだ、しばらくは褒賞金を使って食べ歩きでもするだろうか?
今食べているネネカウのスープをはじめとして、この世界には中々美味な料理が多い。元居た世界では存在しなった面白い食材を利用した料理は、アラタの興味を引くに十分な代物であった。
「まあ私も頑張って調べるが、あまり焦らないことだ。もう食べ終わったか? 食べ終わったのなら少し外を散歩しないか?」
「――うん? ああ、食べ終わったけど……」
二人の手元の皿は空になっていた。
ルノワはいつもの笑みを浮かべながらアラタを夜の散歩に誘った。珍しい事だ。
彼女はだいたい自分の言いたいことを言い終わったら、アラタをおいてさっさと寝る。美容と健康の為には夜更かしは大敵とどこかの美容雑誌に載っているようなことをルノワは言う。
そんな彼女は、夜を司る女神というより早寝の女神だとアラタは常々思っている。
「それじゃあ行くか」
そう言って席を立ったルノワに連れられて、アラタは喧噪の輝く黄金鳥亭から出た。
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