第34話 ヴェスティア公爵との謁見

 爪撃の魔王ヴォルフランを討ち取り、ニーシアの謎の襲撃事件を終わらせたその日の夜は、飲めや食えやの大宴会だった。当然だが今度は襲撃事件も起きることなく行われた。


 トラブルと言えば、今回もおごりと勘違いしたアーロンが借金漬けになったことぐらいであろう。一方主役のアラタ達は、快気したポルトスをはじめ多くの人々に礼を言われおごられた。


 宴会の前にシスターサティナに治療してもらいに神殿行くと、サティナは涙目でアラタの無事を祝ってくれた。


「ひどい怪我じゃないですか! もう、無理ばかりしないでくださいね」


 さすが光の神に仕える慈愛の精神溢れる人格者。邪神様とは違うなと思いルノワを見ていると、心の中を察せられてか蹴りをくらった。


 ――その翌日。


 アラタ達はヴェスティア公爵の居城であるオーバーヴェスト城に呼び出されていた。

 爪撃の魔王ヴォルフラン討伐の功が公爵領への貢献大なりとして、どうやら褒賞が貰えるらしいと迎えに来た使者から聞いていた。


 身綺麗にして屋敷に行くと、控えの間でしばらく待つようにと通された。


 オーバーヴェスト城は城塞都市であるニーシアの東門側に立つ城で、ヴェスティア公爵家が代々居城としてきた二百年以上の歴史がある城だ。豪奢ではないが品のある調度品が並べられ、ヴェスティア公爵家の歴史と教養の高さを感じられる。


「おやアラタ、緊張しているな?」


 隣に座るルノワが楽しそうにアラタをからかった。緊張していて当然だ。偉い人との面接なんて元の世界からしても経験がなかった。


「そりゃ緊張もするさ。というかししゃもも連れてきたのか?」


 ルノワの肩を見れば、ししゃもがさも当然のように乗っていた。入り口で武器は預けたのに、ペットは同伴でよかったのか。


「失敬な小僧。吾輩はルノワ様一番の忠心、常に護衛の任につくものである」


 その割には昨晩もルノワは放っておいてひたすら飲んでいた気がするが、面倒なので触れないでおく。


(おいルノワ。いくら近づけたからって催眠術は使うなよ)

(当然だ、リスクが高すぎる。まあ私に任せておけ)

(おい、あんまり騒ぐな。領主様の屋敷だぞ)


 わいわい騒いでいたアラタ達をバリスがたしなめた時、ちょうどガチャリと扉が開いて使者の人が入ってきた。どうやらこの老人は、ヴェスティア公爵の執事だそうだ。


「準備が整いました。お客人たちよ、どうぞ謁見の間に入られよ。ニーシア組合の冒険者、“赤い閃光”のバリス様ら三名。ごにゅうーじょー」


 決まりなのだろう妙に間延びした声を上げる老執事に促されるまま、バリスを先頭に謁見の間に入る。バリスの動きも心なしかギクシャクしていて、緊張がアラタにも伝わってくる。謁見の間に入ると群臣が左右に居並ぶ絨毯を半ばまで進んだところで、片膝をつき頭を下げる。


「面を上げたまえ」


 静かな声に促されてアラタ達は顔を上げる。四十歳くらいであろう。口ひげを生やした人物が椅子に座っていた。


 左右には護衛だろう兵士がそれぞれ控えている。そして、さらにその横に立っているのは“沈黙”グスマンだ。グスマンは公爵の信頼厚いと聞く。きっとヴォルフラン討伐関係で呼ばれたのであろう。


 よく漫画なんかだと、怖い者知らずの主人公が「お!あんたが王様か?よろしくな!」と話しかけ、話しかけられた王も寛大に「さすが勇者殿、豪胆である」と謎の高評価を下すシーンを見たことあるが、実際こういった状況になったアラタは、冗談でも舐めた発言はできないと確信した。


 真ん中に座っている人のオーラが違う。周囲の空気が違う。目の前に座るヴェスティア公爵が名君と言われるのが、これだけで分かる気がする。


 しばしアラタ達を値踏みするように見ていたヴェスティア公爵だが、ごほんと一つ咳払いを入れると話を始めた。


「私がこのニーシアを中心としたヴェスティア公爵領を治めるヴェスティア公爵ライアンである。この度呼び立てたのは他でもない、この地に侵入し暗躍した魔王ヴォルフランを貴君らが討ち取った功を称える為である。子細はグスマンに聞いておる。見事成し遂げてくれた」


 ヴェスティア公爵ライアンは、笑みを浮かべてアラタ達を称えてくれた。


 アラタとしては「子細はグスマンに聞いた」の部分がどうやったのか気になる所だ。あそこにいるがしゃりと顔をうごかしてこちらを見ている大男の公平性が気になったわけではない。どうやって説明を聞いたのかが気になる。まさかライアン公爵もアイコンタクト話法の使い手なのか。


「ついては褒美を与える。まずは魔王討伐による報奨金、討伐の偉業を称えるレリーフをそれぞれに。そして小さいが拠点となる屋敷と、このニーシアの市民権を与える」


 特に最後の所に、居並ぶ群衆がおおっと驚嘆の声を上げる。アラタはこのオーバーヴェスト城に来る途中バリスから「もしかして」と前置きしたうえで聞いた話を思い出していた。


「公爵様からニーシアの市民権を頂けるかもれないな」

「市民権? バリスは長く住んでいるし持っていないのか?」

「私も市民権は持っていないんだ。前に宿屋暮らしと言っただろう? お前の故郷ではどうだったかは知らないが、このサンクト王国では農村居住者と都市の居住者は明確に区別される」


 バリスの語るように、サンクト王国では城塞都市の市民と農村の民は明確に区別される。何らかの貢献を行って都市の市民権を得れば、不動産の所持や税制の優遇などの特典を受けられる。また、他の都市を訪れる際の身分の証明としても有効だ。


 長年冒険者としての実績があるグスマン、兵士としての従軍年数が一定期間になったボガーツ、両親がニーシア生まれのソニアといった者達は、ニーシアの市民権を保持している。バリスもこの都市に来てそこそこになるが、市民権は保持していない。


 逆に言えばバリスほど結果を出していても、流れの冒険者等に軽々しく得ることができるものではないということだ。


 今回ヴェスティア公爵ライアンが市民権を渡したのは、魔王級の魔族を討伐できる実力ある冒険者であるアラタ達を、ニーシアの為に留め置きたいという意思の表示である。


「はっ! 過分な褒美、光栄の至りでございます」


 バリスが使い慣れない言葉でそう謝辞をあらわして公爵に頭を下げたので、アラタもそれに習い頭を下げる。


「よろしい。では褒賞はあとで私の執事から受け取るとよい」


 そう言って、立ち去ろうとしたヴェスティア公爵を引き留めた声があった。

 ルノワだ。


「公爵閣下にお願いしたき儀がございます」

「無礼であるぞ! 褒美はもらったであろう、わきまえよ!」


 謁見の間に居並ぶ群臣から厳しく制止する声が飛ぶ。ヴェスティア公爵はそれを、右手を上げることで制止した。そして厳しい表情ではあるものの、穏やかな声でルノワに語りかけた。


「よい、話してみよ」

「寛大なお心に感謝いたします。ヴェスティア公爵閣下は大変な書物収集家であると聞き及んでおります。私はこのルミナス大陸の歴史を知りたく、公爵閣下の蔵書の閲覧を許可して頂ければとお願いいたします」


 ヴェスティア公爵はルノワの言葉を聞くと、自らの口ひげを触りながら、しばし考える素振りをした。


 横で聞いているだけのアラタも緊張する。魔王を倒して褒賞を頂いたとはいえ、アラタ達は一介の素性の知れぬ冒険者に過ぎないのだ。自らの屋敷の中の書庫の閲覧を、簡単には許可してはくれないだろう。


「ルノワさんといったかね? 若い方が歴史に興味をもつとは大変珍しい。具体的には何を知りたいのかね?」


 どこか試すような言い方のヴェスティア公爵に、ルノワはまっすぐに彼の瞳を見据えて答える


「この五百年の神のあり方について見識を深めたく存じ上げます」

「神……ね。なるほど。では貴公ら三人に、私の書庫の立ち入りと閲覧を許可する。一部を除いて書物の貸し出しも許可しよう。それでいいかね?」


「はい、不躾ぶしつけな頼みを聞き届けていただきありがとうございます」


 ルノワが流暢に謝辞を述べたと共に、アラタ達は再び頭を深々と下げる。

 もう何もないようだな、と公爵は退室していった。


 アラタは、彼等がこの都市についた時に決めた目標はである、公爵の蔵書の閲覧の許可を貰い安堵する。魔王との戦いなど意図せぬトラブルに巻き込まれたが、何とか一つの目標を達成できた。これでアラタが元の世界に帰還するのに、一歩近づいたと言えるだろう。


 魔王ヴォルフランを討伐した報奨金の事、宿屋暮らしを終えられる屋敷の事、しっかりとした身分である市民権の事。


 思いがけず様々な物を得て、まるで夢でも見ているようなアラタだったが、少なくとも胸の内に抱いた充足感は本物だった。

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