第30話 魔王の雄叫び
「で、どうするんだ? 俺を縄で縛ってヴェスティア公爵の前にでも連れて行く気か? いいぜ。やれるもんならな――!」
“切り裂き”ランロウは、そう言いながら腰に下げた双剣を抜いて構えた。アラタは直感的に盾を構えた。
それが正解だった。
言い終わるや否や駆けだしたランロウは一瞬にしてアラタに接近し、二振りの剣を巧みに操って連撃を叩き込んだ。あまりの速度と衝撃に体勢を崩したアラタは、そのまま吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。分かってはいたが、とても人間技じゃない力だ。
「アラタ! 大丈夫か?」
そう叫びながらバリスは、アラタへの追撃を防ぐために矢を放つ。並みの者なら避けることができぬ速度と狙いだったが、ランロウは軽々とジャンプしてかわすと、そのままバリスの近くに着地した。
「おいおいバリス酷いじゃないか……。俺はお前を殺そうとは思っていなかったんだぜ? 妾にでもしてやろう――おっと!」
怒れるバリスはランロウに最後まで言わせずに、オーガ化して一撃を叩き込もうとしたが、またもや軽々とかわされてしまった。
もはやバリスの目には、ランロウに対する戸惑いは無い。あるのはボガーツら街の仲間を傷つけられた怒りだけだ。
「そいつがお前の真の姿かバリス。まあ当たらなければ意味ないけどな!」
ひょいひょいとバリスの拳をかわしながら、ランロウは余裕の表情で煽り立てる。ランロウには神速として名高いワーウルフの魔王としての自負がある。人間態でもそう簡単に攻撃をもらいはしない。だが、バリスの意図は拳を当てることではない。ある地点に誘導することだ。
「今だルノワ!」
「バリス離れろ! 『影の沼よ』!」
ランロウが一画に立ち入った瞬間、それまで機を見計らっていたルノワが、体勢を立て直したアラタの掛け声に応じて呪文を唱える。その瞬間、石畳で舗装されていた地面が、黒い影に包まれてランロウの足を捕らえる。
「なんだこれ! 底なし沼か!?」
ランロウが今日初めて焦ったような声を出す。彼が本来足をつけているはずの地面は固いものだ。それが不可思議なことにずぶずぶと足が黒い影の中に沈んでいく。パッと飛びのいていたバリスが、渾身の力で弓を引き、足を捕らわれているランロウに狙いを定める。
「人間種ごときが、舐めるなああああああああ!!!」
飛んできた矢を掴んで握りつぶし、ランロウは湧き上がる激情と共に咆哮する。その言葉には、決して人間種を同格と見ず家畜や獲物として捉えている侮蔑の感情があった。
あふれ出る魔王級の魔力と共に、咆哮が空気をビリビリと揺らす。ランロウの身体はメキメキと音をたてて倍以上に筋肉が盛り上がり、服が裂けて全身から毛が生えてきた。月夜に輝く新雪を思わせる白銀の毛並みだ。
笑顔の似合う明るい好青年から狼の物となったその顔には、凶悪な牙が並び、目はギラリと獲物であるアラタ達を捉えていた。両の手に並ぶ鋭い爪は右人差し指の一本だけが不自然に短い。きっとボガーツに折られたものであろう。
「クウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」
異様たる変容に、アラタ達は思わず少し後ずさる。ノーセン近郊の森でであったワーウルフを“もどき”とルノワが称したのが初めて理解できるほどに、目の前の怪物の風格は違う。その
「ランロウ! それがお前の真の姿か!」
「そうだ、俺様が、この姿こそが
尊大な口調になった“切り裂き”ランロウ改め爪撃の魔王ヴォルフランは、そう宣言すると足元の影の沼をすさまじい筋力で振り切り、高く跳躍した。
「ルノワ!」
アラタが叫んだ時にはもう遅い。ヴォルフランは凄まじい速度で急降下し、そのままルノワに襲い掛かった。
「変な魔法使いやがって! 邪魔なんだよ!」
「――ッ! 『影の――」
「おせーよ!」
突如自らの前に現れたヴォルフランに対抗すべく魔法を唱えようとしたルノワだが、間に合わずその剛腕に吹き飛ばされてしまった。殴られた瞬間ドゴッとかメリッみたいな嫌な音を出した彼女の細い体は、ピクリとも動かない。
「よくもルノワを! ランロウ貴様!」
「もの分かりの悪いやつだな。オーガってのはみんなそんなに馬鹿なのか、バリス? 俺様は爪撃の魔王ヴォルフラン様だ。いずれはドルトムーンも倒して大魔王になる男だ、憶えとけ!」
ルノワがやられたのを見て、バリスが怒りのあまり殴りかかるが、ヴォルフランに軽々と止められてしまう。オーガのパワーは岩をも砕くが、ワーウルフの魔王たるヴォルフランの身体もまた、鋼を超える強靭さと、バネのようなしなやかさを兼ね備えた特上の肉体だ。
「お前は後で可愛がってやるからそこで寝てな!」
ヴォルフランの回し蹴りが、バリスの腹にとてつもない衝撃を与え昏倒させる。
「バリス!」
死んではいないだろうが、意識を失ってぐったりとしているバリスを見て、アラタに衝撃が走る。あれほど力強いバリスの強靭な身体が一瞬で崩れ落ちたことに。ルノワに至っては、生きているかさえ分からない。振り向いたヴォルフランの獣の瞳が、次はお前の番だと訴えている。
(相手は接近戦主体だ。なんとか距離をとって……)
アラタは少しでも身軽になるべく荷物の入った小袋を投げ捨て、左腕に構えた盾を前に出し、相手の出方を見る。ヴォルフランは神速の瞬発力の持ち主だ。だが、何とか接近を阻止しなければならない。次近づかれた時が死ぬときになる。
「おいおい、そんなにビビんなよ。腰が引けているぜ? 安心しな。俺様はそこに寝ているバリスと違ってグルメなのさ。先に死んだあの変な魔法を使う女と一緒に美味しくいただいてやるよ」
ヴォルフランは余裕の表情だ。それはそうだろう。ヴォルフランは強靭なワーウルフの魔王、対するアラタはただのちっぽけな人間だ。
しかも相手は知らないが、つい一月ほど前は武器も持ったことないただの高校生だった。喧嘩はしていたが本気の殺し合いなんてしたことない。捕食者と獲物の関係は絶対的に揺るぎない。
だが、アラタはその余裕、慢心に付け入るしかこの修羅場を生き抜くことはできない。
「ん? 来ねえのか? ならこっちから行くぞ!」
ヴォルフランの攻撃宣告に、アラタはしっかりと盾を構えて来るだろう突撃をかわすべく身構える。だが、訪れるであろう衝撃が訪れることはなかった。
「なんだ? また突進するとでも思ってんのか? 盾構えているやつに突っ込む馬鹿がどこにいるよ? 『風よ吹きすさべ』!」
「うわあああああああああああああああ!」
アラタはヴォルフランが唱えた魔法により発生した暴風に捕らえられ、天地が分からぬほどに激しく揺さぶられた。身体だけじゃない、暴風で脳まで揺さぶられる。
魔法による遠距離攻撃をまったく警戒していなかったアラタは、突然の未知の衝撃にただ叫んで戸惑うことしかできなかった。風が治まり消えた時、ボロボロのアラタは地面にドサッと崩れ落ちた。
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