第29話 襲撃者の正体
夜の帳が下りたニーシアの街。その町はずれの一画、少し開けた場所でアラタ達はある人物を待っていた。
すっかり人通りの無い夜の街に、こつんこつんと音をたてながら目的の人物が歩いてくる。その人物はやがて、進路をふさぐように立つアラタ達に気が付いたのか停止した。
「ん? バリスにアラタじゃないか、それにルノワさんといったか? 一体どうしたんだ、こんなところで。そういえば伯爵からの依頼から降りて悪かったな。無事に帰って来られたみたいで嬉しいよ」
目的の人物――“切り裂き”ランロウ――は意外そうな声を上げた。
「ランロウ、お前に少し確かめたいことがある」
アラタ達の中で一番ランロウと付き合いの長いバリスが声をかけると同時に、ある物を投げてランロウに渡す。
「――うん? 何だ? これは……玉ねぎか?」
ランロウの言う通り、投げた物は玉ねぎだ。この世界では西方大陸を原産地とする舶来の野菜らしい。味も見た目もほぼアラタの知る玉ねぎと一緒で、きざむと涙が出てくるところまで一緒だ。その玉ねぎを、皮を剥いて渡してある。
「そうだ、玉ねぎだ。ランロウ、一口で良い。悪いがそいつを齧ってみてくれないか?」
「勘弁してくれよ。俺はこいつが小さいころから苦手でね。笑ってくれていいぜ、自分で言うのもなんだが、兄貴分として慕われる“切り裂き”ランロウが野菜を食べれないだなんてな」
ランロウはそう言って笑うと、持つのも嫌なのか玉ねぎをバリスに投げて返した。バリスの表情が一段と険しいものになる。
「じゃあランロウ、俺達に爪を見せてくれないか?」
次に問うたのはアラタだ。立て続けの質問に、ランロウは怪訝そうな顔をする。
「――今度は爪か? どうしたんだお前たち、占いか何かでもしているのか? 玉ねぎ占いとか、爪の長さ占いだとか……」
冗談めかしてランロウは返答する。口を開けて笑うので、鋭い犬歯が嫌でもアラタの目に入る。アラタは一つ深呼吸を入れて、ランロウに告げる。
「はっきり言う。俺はランロウ、あんたがボガーツ襲撃から始まる一連の襲撃事件の犯人だと疑っている」
「おいおい、何を言うんだアラタ。そんなわけないじゃないか。第一、証拠はあるのか? ボガーツを襲撃した犯人は剣を折られたってお前たちも知っているだろう? 俺の剣はあの日もこれと同じ双剣だよ」
そう答えるランロウの腰には、二振りの剣が差してある。彼の言う様に、あの日と同じようにだ。
バリスが言うには、数年前にこの街に来てから、ランロウはずっとそれらの剣を愛用しているという。
「まずひとつ訂正したいが、私たちはボガーツが折ったのは剣ではなく、爪だと思っている。それもワーウルフのな」
そう言いながらルノワはランロウに近づき、右手首を掴んで爪を見る。中指の爪だけやや不自然だ。
「おいおいルノワさん、爪が短いのと玉ねぎが苦手なので君たちは俺をワーウルフ扱いしようってのか?」
「いいや、ランロウ。玉ねぎが苦手なんじゃなくて、食べられないんだろう?」
アラタは犬を飼っている従兄から様々な犬に関する豆知識を聞いていた。その中の一つにこんなものがあったのを思い出していた。「中毒になるから犬に玉ねぎを食べさせてはいけない」だ。
アラタから料理を勧められて拒否した時、あれは苦手だからという雰囲気ではなかった。言うなれば本能的な恐怖からくる忌避感の顔だった。
「で、もし俺がワーウルフだったとして何なんだ? この街には獣人なんて大勢いるぜ? 俺じゃなくてそいつらが犯人かもしれないだろう?」
「いいやランロウ。襲撃者の目的からしたらお前が一番怪しいんだよ」
「襲撃者の目的? それが分かったのか?」
「ああ。巷の噂の一つにもある通り、襲撃者は大魔王軍の者だろう。それも魔王級のワーウルフだ。目的の一つは後方地域のかく乱。その為に襲撃者はまずはボガーツを襲った、理由は武具の製造遅延だ。あの日だったのは、脅威となるグスマンが長期で街を離れ、バリスが祝勝会で組合にいると知っていたからだろうな」
アラタはとうとうと語る。もっとも、各襲撃事件の理由に気が付いたのはルノワである。さすがは邪神、大魔王軍が考えそうなことについては察しがいい。
グスマンが隊商の護衛で長期間町を離れることになったのは、ランロウの陽動によるものだろう。隊商を襲わせることによって護衛の依頼を誘発し、ニーシアの戦力を割こうとしていたのだ。
「商人のポルトスは前線への物資輸送に重要な役割を果たしていた」
ポルトスの専門は食品だ。敵の兵糧を断つのはどの世界でも戦争の常識であろう。
「神官セルマが提案した孤児の受け入れは、大魔王軍にとっては将来の敵をつくることになる」
セルマが進言して神殿に保護された子供たちは、いずれも大魔王軍に両親を殺された者達だ。その復讐心はやがて大魔王軍に脅威となるだろう。
「そして槍使いクリントは、農場を襲撃するガストウルフをよく退治していた。いずれも襲撃者にとって都合の悪い連中だ」
クリントは彼が所属するチームで一番の腕前だ。彼が抜ければチームの依頼遂行率は著しく低下する。それに、ランロウがパトロールの割り振りを決めていたので、いつも仲間と一緒に行動しているクリントを襲撃しやすいように隙をつくるよう誘導したのだろう。
実際割り振りは発起人であるランロウが決めていたと、組合内にいたクリントのパーティメンバーから先ほど確認をとった。
「殺さなかったのは、被害が大きくなると勇者の到来を招くと考えたからだろう。後方地域のかく乱ならビビらせるだけでも効果はあるしな」
とりあえず相手をビビらせれば自分の不必要な消耗を抑えることができる。個人同士の喧嘩だろうが国家同士の戦争だろうがそこらへんは一緒だ。
「そして肝心の最終目標は、ずばりヴェスティア公爵ライアンの暗殺だ。公爵は賢く隙の無い人物だ。その公爵に素性の知れぬものが近づくには、組合のランキングで一位になることが一番だ」
実際アラタとルノワのような素性の知れぬ者も同じ目的で冒険者をやっている。ランロウは大魔王軍にとっても邪魔な存在を消すことができる依頼を受けていたのだろう。
「大魔王ドルトムーンの侵攻に先立ちこのニーシアに潜入したあんたは、それを目的としていたが長年一位を守るグスマンには勝てなかった。それでこの一連の後方かく乱だな。まあ今回の依頼みたいに隙あらばグスマンも消そうと思っていたみたいだが……」
「おいおい、長々と喋ってもらったところ悪いが俺がワーウルフだって証拠はまだ出てねえぜ?」
それまで大人しく聞いていたランロウだったが、アラタが一通り喋り終えると抜けがあるぞと指摘してきた。
アラタはルノワに視線をやる。
ルノワの余裕の笑みが、作戦は順調であることを告げていた。
「ルノワはな、触った相手の魔力の流れから相手のだいたいの種族が見抜けるんだよ。私がハーフオーガだと見抜いたようにな」
「バリス、お前ハーフオーガだったのか!? そいつは知らなかったぜ」
「ああ、隠していたからな。そして先ほどお前の手首にルノワは触れた。どうだったルノワ?」
そう、先ほど爪を確認するようにルノワはランロウの手首を握ったが、本来の目的は種族の確認であった。
「そのランロウという男は間違いなくワーウルフだろう。それも魔力量から言って、魔王級のな」
ルノワは確かな自信をもって告げる。その笑みは神の宣告であった。
「どうやら言い逃れはできねえみてえだな。全く暇な奴等だ」
ランロウの笑みはそれまでの爽やかで明るいものと違って、鋭い犬歯をむき出しにした肉食獣を思わせる凶悪な笑みであった。
「ランロウ! お前本当に――!?」
バリスの口から飛び出した確認の言葉は、彼女がランロウを一定以上信頼していた証だ。彼女だけではなく街の者は皆、実力があり気さくな人柄で親しみやすいランロウという男を信用していた。ランロウは、そんなバリスの感情を知ってか知らずか、クククと笑いを入れて語りだした。
「そうだぜ。お前らの御明察の通り、俺は大魔王軍所属のワーウルフだ」
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