第31話 魔王ごとき
「ちっ……、畜生……」
畜生。なんてことしやがる畜生。全身が痛い。痛すぎて感覚がない。血が流れているかどうかさえ分からない。鎧に守られていなかった部分はズタズタに切れている。
それでも立ち上がらなければならない。立ち上がらなければ自分も仲間もどうなるか分かったもんじゃない。決して良い目には合わないだろう。
だから気力だけで必死に起き上がろうとするが、顔を上げようとするだけで精一杯だ。
「おいおいまだ立ちあがろうとするのか? 以外に根性あるな。だが油断だったな。“爪撃”と聞いたから物理だけかと思ったか? 俺様は当然魔法も使えるんだよ。」
ヴォルフランが何か言っているが、暴風に揺さぶられて頭がガンガン痛んで朦朧としているアラタには分からない。ただ、自分を嘲笑っていることだけは分かる。
「お前らも組んでしばらくのパーティの割にはよくやったと俺様は思うぜ? 特に満月に近い夜の俺様を相手にしたのが悪かったな」
ドスドスと獣の足でアラタに近づいてくるヴォルフランは、もう勝った気でいる。
当然だ。一人は死に、一人は意識を失っている。残りのアラタなんてただの死に損ないだ。だから勝者たるヴォルフランは、愚かにも魔王に歯向かった無謀な者共を褒めたたえる。
「俺様みたいな魔王級相手じゃなきゃ、そこそこやれていたはずだ。褒美に美味しくいただいてやるから、ありがたく俺の血肉になれよ。この偉大なる爪撃の魔王ヴォルフラン様の血肉にな」
爪撃の魔王ヴォルフランは数多くいた強大なワーウルフ達を下し、勝ち抜いてワーウルフの魔王を名乗っている、自他ともに認める実力のある魔王だ。
やがては大魔王ドルトムーンの喉首さえ喰いちぎって自分が大魔王になってやるという野心もある。胆力もある。
その自分のように強大な魔王に立ち向かい、未だに闘志を失わずにいるのだ。褒めるに値しよう。
「さあ、俺様に首を捧げろアラタ」
「……じゃねえぞ」
「ん? 何だ? 俺様は寛大だ。言い残す言葉があるのなら聞いてやろう」
王たるヴォルフランは、尊大であるが傲慢ではない。仮に傲慢に聞こえたとしたらそれは当人との明確な実力の差だとヴォルフランは思う。だから敗者の言葉にも耳を傾ける。仮にそれが、自分への罵詈雑言だったとしても。
「舐めんじゃねえぞ、たかが魔王ごときがあああああああああ!!!」
アラタは雄叫びと共に、渾身の力を振り絞って立ち上がる。その瞳に揺るぐ闘志に変わりはない。
「魔王ごとき? これはこれは、面白い言い草だな。じゃあお前は何だというんだ? 勇者とでも言う気か?」
ヴォルフランの目は嘲笑う者の目だ。死の恐怖に怯えた者が、気が触れて妄想を語るのを嘲笑っている。
「勇者? そんなんじゃねえ、俺は大魔王だ! それもドルトムーンとかいうパチモンじゃねえ! 正式に邪神に選ばれた本家本元、正真正銘の大魔王だ!」
「大魔王とは大きく出たじゃねえかアラタ。邪神? もしかして五百年前に封印された邪神ブラゾのことか?」
「ああそうさ。俺は邪神に選ばれたんだよ! 押し付けられたんだよ! なあ、そうだろルノワ!」
ヴォルフランの哀れみすら浮かんでいる瞳に構わず、アラタは絶叫する。そう、大切な仲間に向かっての指示として。
「そうだ、その通りだアラタ! たかが魔王ごときが舐めるな! 『影よ縛れ』!」
アラタは虚空に問いかけたのではない。
答えた主は、月夜にその艶やかな漆黒の髪を輝かせ、その美貌にいつもの余裕ある微笑みを浮かべ、紫色に怪しく輝く瞳はまっすぐにアラタを見つめる。そう、邪神ルノワだ。
「クソが! てめえ死んだんじゃなかったのか!?」
「生憎だが、私はたかだか魔王ごときの攻撃じゃ死ねんのさ」
完全に不意をつかれる形となったヴォルフランは、ルノワが魔法で作り出した影に捕らわれて狼狽する。対照的にルノワはいつもの余裕の笑みで返す。
「今だバリス!」
「――ああ! 準備は万端だ!」
アラタの声に応じるのはバリスだ。その額から二本の赤い角を生やし、燃えるような赤い髪をたなびかせながら狼狽するヴォルフランに向かって突進する。
「ランロウ! 今度こそ私に殴らせな!」
怒りを込めたバリスの岩をも砕くオーガの拳が、今宵初めてヴォルフランを捉える。
顔面だ。
ヴォルフランはバリスの剛腕を顔面にクリーンヒットして「ゴバッ!」とかいうよく分からない声を上げて吹き飛び、轟音を立てて壁に激突した。
「バリス、ナイスパンチだったな! ししゃももよく俺の意図を理解してくれた。ありがとう!」
アラタはバリスの一撃を称賛し、瓦礫の陰からひょっこりと出てきたししゃもに礼を告げる。
「礼には及ばんぞ小僧。この忠実なる邪神の眷属、策謀の魔王シルドベルト、ルノワ様の為なら労を惜しまぬ。だいたい吾輩を誰と心得る。貴様の意図を読むなど児戯に等しい所業よ」
ヴォルフランに劣らぬ尊大な口調で語るししゃもだが、この逆転劇の立役者は彼であった。
先刻、動きやすくするために軽くしようと荷物を捨てたアラタだが、その荷物の一つ、薬の入った小袋をししゃもが戦闘が開始して以降隠れていた物陰に投げていた。ししゃもはアラタの意を察して、アラタがヴォルフランを惹きつけている間にルノワとバリスを救護していた。
「くっ……! やってくれたなお前ら!」
瓦礫の中からヴォルフランが立ち上がる。力を入れ、影の呪縛を引きちぎるように打ち破る。
ワーウルフの魔王であるヴォルフランの強靭な肉体の前には、この程度のダメージなんてことはない。
「やっぱりあれくらいじゃ倒せないか……!」
ヴィルフランはこちらの動きを警戒してか動いてはこない。
アラタは考える。何かあいつに決定打を与える手段はないかと。
だいたい先ほどから結構な騒音を出している。いくらはずれの一画とはいえ他の冒険者が来てもいいはずだ。いや、パトロールのルートを決めていたのは他でもないランロウ――目の前のヴォルフランだ。安易に増援の希望を抱いてはいけない。
ワーウルフ、狼男、狼、人間からの変身……。必死に考える。何かないか。元の世界の知識で相手の虚を付けないか……。
ひとしきり考えて、やがてアラタの頭に一つの解決策が思い浮かぶ。
「そうか! ルノワ、この辺りの空を覆って暗闇にできるか? イメージは俺の記憶にあるドーム球場。お前の言う蛮族が野蛮な棒振っている屋内の事だ」
「可能だ。何を考えているかは分からんが、乗ってやろう」
ルノワはアラタに微笑む。この邪神は出会った時から何故かアラタの事を信頼してくれている。
「どーむきゅうじょうが何か分からないけど私も準備はいいよ。あいつは許してはおけない。確実にここで討ち取る」
バリスもそう言ってアラタに微笑む。バリスの瞳にはアラタ達以上に怒りの炎が灯っている。愛するニーシアの街とその住人を、欺き、裏切り、傷つけたヴォルフランを、“赤い閃光”バリスが許しはしない。
「決まったな! 行くぞ!」
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