第25話 公爵からの依頼
「ピンピンしているぜ」と虚勢を張っていた通り、ボガーツは三日間店を閉めて安静にしていた後は、元気に仕事をしていた。おかげでアラタの防具もそれから日を待たずに修繕が終わった。
もっとも、前回のティウスのダンジョンでだいぶ稼がせてもらって余裕があるので、依頼を受けることはなかった。やるべきことがあったからだ。
というのも、ボガーツの事件は始まりに過ぎなかった。ボガーツが襲われて4日後に大店の商人ポルトスという者が、同じように夜のニーシアの町で襲われた。さらにその5日後にはルミナス神殿に所属する神官、セルマという女が同じく襲撃にあった。
被害者はいずれも鋭利な刃物で一撃、といった傷を受けており、暗がりで襲われたため犯人の顔や種族は分からないままであった。二人とも重傷を負ったが、手当てが早かったので幸いなことに命に別状はなかった。ボガーツを襲った者と二人を襲った者が同一という確証はないが、おそらくは同一人物であろう。
相次ぐ襲撃事件の発生に町の者達も怯えきり、ニーシアの夜の町はすっかり静かになっていた。
駆け巡る噂は人々をさらに不安の渦に陥れる。曰く、猟奇的な殺人鬼による犯行。曰く、潜入している魔王軍の仕業。曰く、襲われた者達は何らかの悪事に加担していた。すべて根拠のないものだ。
住民の不安に対して、“切り裂き”ランロウは自ら発起人となって冒険者達を集めて自警団を結成していた。ランロウはこの街にきてそれほど長くはないが、その持ち前の実力と面倒見の良い性格で人望があった。
そしてボガーツ襲撃から二週間が経過した今日、新たな事件のニュースが、このニーシア組合を騒がしていた。
「今度は第六位のクリントだってよ! 命は助かったが結構手ひどくやられたらしい」
クリントはこのニーシア組合に所属する冒険者で、リザードマンの腕の良い槍使いだ。 彼はランロウが発起人となった自警団に参加して夜のニーシアをパトロールしており、その最中に襲われたようだ。幸い仲間がすぐに駆け付けて神殿に運んだので、命に別状はないらしい。
「クリントほどの腕の者でもやられるのか。ボガーツの時も思ったが、襲撃者というのはよほどの手練れのようだな……」
アラタの斜め前に腰掛けるバリスが神妙な面持ちで喋る。この二週間、アラタ達はボガーツの見舞いに行ったりしながら、事件について調査をしていた。遺留品の一つでもあればと事件現場に行き、周辺の住民に聞き込み等も行ったが、芳しい成果は得られていなかった。
「なあ、確認の為に聞いておくがボガーツが誰かに恨まれていたとかは無いんだよな?」
「私もあいつの交友関係をすべて知るわけではないが、ない、――と思う。せいぜい儲けていたこととかかな」
「儲けていた?」
「あくどい事をしていたわけじゃないぞ? 大魔王の侵攻で武具の需要が高いからな。あいつの所にもかなりの発注がきて、人手が足りないって言っていた記憶がある」
実際、大魔王の侵攻に合わせてルミナス大陸中の鍛冶屋に武具発注が出ていた。このサンクト王国も侵攻を受け、ヴェスティア公爵領からも援軍や救援物資を前線へと送っていた。
しかし、それなら商売敵が犯人という線は無いはずだ。武具の発注は大陸中の鍛冶屋に出ている。ボガーツだけが特需で儲けて恨みを買うということはない。
「もし四人を襲ったのが同一人物なら目的が分からんな。鍛冶屋、商人、神官。そして今度は冒険者か。年齢も性別も利害関係もバラバラだ」
まあ、あれだけの襲撃が出来る者が複数いるというのも考えつかないがな、とは正面に座るルノワの言だ。ぼりぼりと一心不乱に野菜を齧るししゃもに餌付けをしていたと思ったが、ちゃんと話を聞いていたらしい。
確かに恐らく同一人物による所業だろうが、無差別な犯行なのだろうか?被害者にまるで共通点が見当たらない。
ポルトスは食品を主に扱う商人で、四十そこいらの男だ。あくどい商売をしていたかというとそういうこともなく、堅実な経営を行う律義者という評判だった。
神官のセルマは立派な人物で、大魔王軍の侵攻によって親を失った孤児を積極的に受け入れるべきだとニーシア神殿の神官長に進言した人物だという。
そして、昨晩襲われたクリントは真面目なリザードマンの冒険者で、アラタも一、二度しか会ったことは無いが、しっかりとした挨拶をしてくれた好青年という印象だ。種族多様な五人ほどでパーティを組み、ダンジョンの攻略や、害獣被害に苦しむ農家を助けるなど活躍し、パーティ内の仲も良かったと聞いている。
「そうだよなあ、まるで共通点が無いんだよなあ……。――ん? あんた誰だ?」
あれこれアラタ達が話していると、テーブルの横に全身鎧を着込んだ人物が立っていた。その鎧はやや古めかしく感じるが、ところどころに入れられた装飾や紋章が、それが高価な品であることを証明していた。フルフェイスのヘルメットをかぶっている為性別は分からないが、身長はゆうに2メートルは超え、横幅も巨大であった。
「おっ、久しぶりだな。そういえば今日あたり帰還日だったな。何か用か?」
バリスに問いかけられた全身鎧の男(もしくは女)は、がしゃりと音をたてて頷き、左手に持った一枚の紙をアラタ達に見せた。
「これは……? 公爵様直々の依頼状?」
全身鎧が手に持っていたのは依頼状であった。それもヴェスティア公爵ノーランドのサインが入った依頼状である。
組合に持ち込まれる依頼の大半は、一般市民からの依頼である。村に魔獣が居座るので退治してほしい、家の修繕をしたいので人手が欲しい等、種類は様々である。
しかし、持ち込まれる依頼にも例外がある。それが当地を治める、国や領主からの依頼である。こちらは、山賊討伐をするので兵力が欲しいといった傭兵の募集や、何らかの手に負えない事態を解決するために腕利きの冒険者の力を借りたいといったものである。
「なになに……。『ヴェスティア公爵領と王都を結ぶ回廊に出没する魔獣の巣を発見した、ついてはニーシア組合の一位“沈黙”グスマンと同三位“赤い閃光”バリス、及びそのパーティメンバーに討伐を頼みたい』か。公爵様の指名依頼なら断るわけにはいかないな!」
なるほど。以前サティナが言っていた街道を襲う魔獣にノーランド公爵様はとうとう業を煮やしたらしい。
魔獣の巣であるならば、大量の魔獣を相手にすることになるはず。そこで魔獣相手が慣れている冒険者であるアラタ達――正確には凄腕の狩人として名の通るバリス――とニーシア最強のグスマンにお鉢が回ってきたというわけだ。
「ランロウはどうした? 名前がないようだが」
アラタも聞きたかったことをバリスが聞いてくれた。彼女が疑問に思う様に、一位と三位の名前があるのに、同じく腕利きとして知られる二位のランロウにお呼びがかかっていないのは不思議だ。
バリスの質問に対して全身鎧は言葉を発することはなく、ギギギと機械的な動作で彼女の方を向いた。
「なるほどな。自警団にも犠牲者がでたから自分は残って守りを固めたいか。面倒見の良いあいつらしいな」
「え!? 今ので分かったのか?」
「まあ、わりと付き合い長いからな」
アラタの見た限り全身鎧は一切言葉を発していないどころか、ジェスチャーすらなかった。付き合いが長いからとかで説明できる範疇を超えている。
「――ん? 付き合いが長い? ……グスマンはたしかいつも鎧を着込んでいるって言っていたな。もしかしてあんたがグスマン?」
アラタの疑問に目の前の全身鎧が、またがしゃりと音をたてて頷いた。アラタは今の今まで目の前の人物は公爵が遣わした伝令だと思っていた。
バリスは「気づいてなかったのか?」ときょとんとした顔をし、ルノワは注意深くグスマンを観察していた。ししゃもはひたすら野菜を齧っているだけなのでどうでもいい。
「えーっと? よろしく。――お願いします?」
目の前に突然現れた、寡黙で素性の知れぬ者にどう対応すればいいか。さほど人生経験と言えるものがないアラタには分からない。
グスマンはバリスがこの街に来た時には既に、ニーシア組合のランキング一位だったという。少なくともだいぶ年上のはずだ。アラタはおずおずと手を差し出した。
「……よろ、しく」
グスマンはアラタの手を握り返し、鎧の中から男とも女とも取れない、どちらかというと出来の悪い機会音声を思わせるくぐもった声を発した。
「なあグスマン。 ところで相手の魔獣は何なんだ?」
「なるほど…。やはりガストウルフか。大群なら少し厄介だな」
バリスの問いに、再びグスマンは沈黙の返答だ。それが本当に返答になっているか分からないが、とりあえず何故かバリスには理解できるらしい。
アラタはガストウルフが相手ということで恐怖がよみがえるが、サティナの顔を思い出して踏みとどまる。謎の襲撃者も気になるが、まずはこっちを片付けねば。そう決心してアラタは腰のメイスを握った。
バリスは「さあ頑張るか」とニコニコ笑顔だ。ルノワは一言「よろしく頼む」と挨拶をした以外はジッとグスマンを観察している。グスマンは相変わらずの沈黙で微動だにしない。ししゃもは野菜を齧るだけの生き物だ。
――実力は確かなはずだが、本当に大丈夫か?
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