第26話 餓狼の群れ

 翌日、準備を終えたアラタ達討伐隊一行は馬車に揺られていた。公爵様直々の依頼は、送迎付きだった。目的とするガストウルフの巣があると目されているところはそれほど離れてはいないが、送ってくれるに越したことはない。


 アラタは馬車の片隅をみやる。そこにはまるで置物のように全身鎧が鎮座していた。言うまでもなくグスマンのことだ。


 昨日はあれから打ち合わせなどを行ったが、比喩表現抜きにグスマンは一言も喋らなかった。むしろアラタに「よろしく」と言葉を発したのが奇跡的に思えるくらいだ。


 バリスの通訳によってなんとか意思疎通が可能であったが、アラタにはさっぱりその方法がわからなかった。自分だけかと思ったが、宿に帰ってルノワとししゃもに確認したところ「さっぱり分からん」とのことだったので安心した。明らかに怪しいグスマンだが、あれでヴェスティア公爵の信頼厚いという。


「なあルノワ、大魔王軍が潜入している噂ってどう思う?」


 アラタはグスマンに対する疑念を捨て去るように、隣に座るルノワに問いかけた。種々流れる噂の中で、事件は潜入している大魔王軍による工作の一環だという噂が一番真実味ある。ならば魔族に詳しいルノワに尋ねるのが筋であった。


「前にも話したが、その可能性はあるな。擬態して人になるのは高位の魔族にとってそれほど難しい事ではない。実際ししゃもも何らかの影を目撃しているわけだしな。ただそうなると、目的は何なのかという話だ……」


 ルノワの言はもっともだった。今のような無差別に見える通り魔的犯行であるならば、社会不安を煽るがダメージは少ない。やるならば一人の要人を暗殺する方がより効果的なダメージを陣営に与えられる。


「後方地域に潜入した魔族が暴れると、途端に勇者のお出ましで討伐だからな。仮に大魔王軍なら今回の件のような通り魔的犯行を続けるのは得策ではないだろうさ。ならばこれはついでもしくは陽動で他に目的がある、とかな?」

「他に目的……?」

「まあいろいろあるだろうさ。邪悪な儀式だとか、何らかの宝物を探しているだとか。お前の世界のお話に出てくる悪者だって悪巧みは好きだろう?」

「そろそろ着くぞ! いいか、作戦を確認するぞ。私が斥候、接敵したら私の弓とルノワの魔法でかく乱後、グスマンを中心に接近戦だ。相手の数は多い、背中はなるべく守ってやるが気を付けろよ」


 ルノワの言う“他の目的”を考えていると、バリスの呼びかけがあり思考を中断した。馬車はニーシア近郊の森に到着した。ここからは徒歩だ。

 

 何かあった時の為、公爵配下の派遣された衛兵二人は、御者と共に残る。討伐に向かうのはアラタ達だけだ。目の前の鬱蒼とした森が、転移した時に命からがら逃げまわった森を思い出させて、頬を一滴汗が落ちる。


「緊張しているのかアラタ? 大丈夫さ、獣ごときまた私が蹴散らしてやるさ」


 アラタの心中を察してか、安心させようとルノワが余裕の微笑みで話しかけてくる。


 自称邪神の変な女だが、思い返せば面倒見の良いタイプなのか、アラタはこの世界に来て以来ルノワに助けられっぱなしだ。ルノワもほとんど保護者感覚で接してくる。ナマズの件といい以外にアホなんじゃないかとも思うことがあるが、大抵は冷静に物事に対処していると思う。


「大丈夫だよルノワ。ヴェスティア公爵に名前を売るまたとないチャンスだろ? 無茶で無謀かもしれないけどやってやるぜ!」


 そう、目的達成の為にはまたとない近道なのだ。この世界に来て約一月、あのころの自分とは少し違う。闘いも経験した、仲間も出来た、目の前にはやらねばならぬことがある。


 この依頼をこなしてヴェスティア公爵に名前を売り、蔵書の閲覧を願い出たい。それがアラタとルノワ、二人のとるべき道なのだ。


「それを聞いて安心したよ、私の大魔王」


 この邪神様はまだ大魔王のことをあきらめていないのかと内心あきれるが、彼女なりの励ましなのだろう。少しリラックスすることができたアラタは、先行するバリスに続いて森に入っていった。



 ☆☆☆☆☆



 森の中を三十分ほど歩いただろうか。

 先頭を行くバリスが立ち止まり、手ぶりで控えるよう指示を出した。


(見つけたみたいだな……)


 戦いの予感に少し緊張する。ガストウルフの巣だというが、いったいどれほどの数を相手にすることになるのか。バリスは目撃情報からかなりの数を覚悟しておけと言っていた。


 観察を終えたのであろうバリスが、一度アラタ達と合流する為に戻ってきた。


「数は二十弱、通常よりもかなり多い群れだな。だがやれない数じゃあない。予定通りで行くぞ」


 バリスの報告にアラタはごくりとつばを飲み込む。割り当ては一人あたり五匹ほど。最初の夜に追い回してきた数より多い。


 ガチャリと音をたてて頷いたグスマンは、既に愛用の両手剣を鞘から抜いている。言葉を発することは無いがやる気十分のようだ。歴戦の勇士たる威圧感を漂わせている。


「――じゃあ配置に」


 小声でそう指示したバリスに従って、各員配置につく。木の陰に立ったバリスが集中して弓を引き、ルノワが瞑目して呪文を唱える準備に入る。アラタもメイス“轟雷”をかまえて突入を待つ。


「『影の矢よ』!」


 ルノワの詠唱と共に、影で出来た矢がガストウルフの群れに向かって飛んでいく。バリスも負けじと早業で矢を射ていく。まさしく巣をつつかれた蜂のように大混乱に陥ったガストウルフの群れに、アラタとグスマンが突撃を仕掛ける。


「おらああああああああ!」


 アラタは気合の雄叫びと共にメイスを振るう。まずは混乱している一匹目に一撃、続いて飛び掛かってきた二匹目を盾でいなし、反撃で頭蓋を砕く。


 横目にみるとグスマンは噛みつきにかかるガストウルフをものともせず鎧で跳ね返し、その手に持つ見事な薔薇の彫刻が施された大剣“ローズソーン”で一刀両断にする。寡黙に敵を屠っていくその姿はまさにニーシア随一の冒険者“沈黙”だ。


「これで三匹目だ!」


 飛び掛かってくるガストウルフを巧みにかわして、メイスを叩き込む。ただの犬ならそれで終わりだろうが、相手はより大型の魔獣だ。怯んだところにもう一発入れて確実に再起不能にする。


 アラタは素早く三体のガストウルフを仕留めたことに自信を持った。それがいけなかった。慢心が油断を生んだ。


「――ボケっとするな! 後ろだ小僧!」


 アラタは後ろから襲い来る四匹目に気づいていなかった。かけられた声に振り向くが、一瞬遅れた。


 ――喉笛を噛みちぎられる。


 そう覚悟したその時、襲い来るガストウルフをルノワの影の矢が貫いた。


「やっぱり私が守らねばならぬようだな。礼は毎日三度のお祈りで良いぞ」

「未熟だな小僧。ルノワ様のお手を煩わせよって……」


 声を掛けて注意を促してくれたのはししゃもだろう。ルノワの足元で吠えている。


「すまない、助かった!」


 それだけ叫ぶとすぐにアラタはガストウルフの相手に集中する。この混戦の中『サンダーボルト』は使えない。着実に残りを仕留めなければ。しっかりと盾を構え、残りのガストウルフに向かって駆けだした。

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