第24話 うごめく影
「やっと飯が食えるぜ……」
集まってきた冒険者達に一通り話を終えると、アラタも空腹を満たすべく食事を手に取った。牛肉と玉ねぎ、ピーマン等の野菜を炒めた物はとても食欲がそそられる香りをしている。
「――よう! ちょっといいかい? ああ、食べながらでいいさ」
アラタが美味な料理を口に頬張っていると、横から白銀の髪のワイルドな風貌の男に話しかけられた。
中々のイケメンで、ニカッと笑った笑顔は人気そうだ。腰には左右に一本ずつ、通常の剣より少し短めのショートソードと呼ばれる綺麗な剣を差しており、ひとかどの冒険者であろう。
「ランロウじゃないか。帰ってきていたのか?」
振り返ると、女性冒険者達から解放されたのであろうバリスがそこにいた。
「今しがた仕事を終えて帰ってきたところさ。それにしても良く似合うじゃないか“赤い閃光”」
「――ッ! “切り裂き”ランロウ!」
顔が赤くなって、怒っているとも照れているともつかない表情でバリスは蹴りをいれるが、ランロウは「ははは」と余裕の笑みでかわしている。
しかし、ランロウ? “切り裂き”ランロウ? どこかで聞いたような見たような、とアラタは自分の記憶を駆け巡る。
「――ああ! ランキング二位の“切り裂き”ランロウ!」
思い出した! バリスに見せられたニーシア組合ランキングの二位、確かにそこにランロウの名前があった。ランク上バリスより実力が上の男、そりゃあ蹴りもかわす。
ランロウは目にもとまらぬ速度の剣撃を放ち相手を倒す、とティウスのダンジョンでバリスから聞いた。それが彼の二つ名“切り裂き”の由来だそうだ。
「ははは、“切り裂き”っていう物騒な二つ名を真に受けて怯えないでくれよ。剣さばきを褒めてくれたものなんだがどうにもな。――まあ組合につけられたもんだ。そこの“赤い閃光”と同じように。アラタだったな、お察しの通り俺はランロウ。ランロウ・ウェイドだ。俺もそんなにこの街は長くないんだ。よろしく頼む」
ランロウはそう言うと、爽やかに手を差し出してきた。
「ああ、こちらこそよろしくランロウ」
「しかし驚いたなあ、バリスがパーティを組むなんて。俺は振られたのに」
「まあ色々思うところがあったんだよ。元は危なっかしくて単発で同行する予定だったが、不思議と気が合ってな」
「そうか。ところで“沈黙”は居ないようだな。まああいつはパーティなんてガラじゃないが……」
「私も誘おうと思ったが、ちょうど隊商の護衛に出たところらしくてな。戻るのは二週間後みたいだ」
“沈黙”とはニーシア組合栄えあるランキング一位の“沈黙”のグスマンのことだ。長年このニーシアに拠点をおいて行動する彼は、この町最強として名高い冒険者だ。“彼”と言ったが、常にフルプレートの鎧を着こんでおり、極端に寡黙である為、実際のところ男なのか女なのかすら分からない、というのはバリスの言だ。
「そうだ、ランロウもさっき来たところだろう? 食べるか?」
「ああ旨そうな肉だな、貰お――うと思ったがやっぱり俺はいいかな。食べてきたんだ」
一瞬貰おうとしていたランロウだが、さっと手を引っ込めた。その顔は少し青ざめている。こんなに旨いのに、腹の調子でも悪いのだろうかとアラタは察した。
「きゃあああああああああああ――――――――――!!!」
宴会が続く中、不意に入り口付近からこの場に相応しくない女性の悲鳴が響いた。どうしたことかと声の響いた方を振り向いたアラタは、入り口に伏した男の姿を見て一目散に駆けよった。
「ボガーツ! おい、ボガーツ! しっかりしろ!」
一瞬で血の気が引いた。伏していた男はボガーツであった。中々顔を出さないなとは思っていたが、こんな姿で現れるのは予想外だ。
アラタが抱え起こすと、呻くばかりで意識も確かではない。全身の傷を見るに、何らかのトラブルがあって何とかこの組合にまでたどり着いたのだろう。
「早く傷の手当てを! サティナさん、サティナさんはまだいますか?」
「――はい! 私ならここにいます! 『光よ癒せ』!」
アラタの声を聴いて慌てて駆け付けたサティナが治癒の呪文を唱えると、眩い光がほとばしりボガーツの前身の傷はみるみるうちに癒えて呼吸も落ち着いた。
「うっ……? アラタの坊主か?」
「――ボガーツ! 気が付いたのか! 何があったんだ?」
「すぐそこで何者かに剣か何かで襲われた。俺だって元は戦場に出ていたんだ、相手の剣を叩き追って追っ払ってやったさ……。坊主が忘れたこいつを持っていなけりゃあ今頃お陀仏だ」
ボガーツは野太い声でそう言いながら、傍らに落ちているメイス“轟雷”に視線をやった。
先刻アラタが火花の寝床を訪れた際、防具と一緒に異常がないか見てもらったものだ。特に異常はなかったので持って帰っていいとのことだったが、急いでいたアラタは店に忘れてきてしまっていた。
「だめだ、この辺りにもう居ないようだな」
襲われたと聞き、ぱっと外に飛び出して辺りを探っていたバリスが戻ってきて報告した。ボガーツが襲われたであろう時間から、しばらく経っている。犯人も馬鹿じゃないだろうから逃げていて当然だろうが、ボガーツとの付き合いが長いバリスは居ても立っても居られなかった。
アラタが聞くと、ボガーツが折ったという相手の剣らしき物もなかったという。抜け目のない相手だ。
「というわけで皆、解散だ。くれぐれも一人で帰るな、必ず二人以上で帰れよ」
ランロウがパンパンと手を叩きながら組合内で騒めく冒険者達に帰宅を促す。アラタとバリスの方に向けて「こっちはまかせろ」と視線を送っていた。冒険者達の中には名工であるボガーツの世話になっているものも多い。皆心配そうに帰っていった。
「ボガーツ、身体の調子はどうだ?」
「いつつ……。そこの神官の嬢ちゃんに魔法をかけてもらったから、見ての通りピンピンしているぜ」
心配そうに尋ねるバリスに、立ち上がったボガーツは気丈に答えた。
「だめですよ、まだ完璧じゃないのだから。二、三日は安静にしてください」
「はいよ、シスターサティナ。せっかくの祝勝会を台無しにしちまったな、すまねえ」
その日はそれで解散となった。シスターサティナはランロウの申し出により、彼が神殿まで送ることとなった。ランク二位の彼の腕ならば謎の襲撃者に襲われても心配はないだろう。帰りの助けはいらんと言い張るボガーツは、バリスが送って帰ると無理やりついて行った。ああしているとまるで父と娘だ。
「それじゃあルノワ、俺達も帰るぞ。ん?お 前はどこに行っていたんだ?」
特別意識していなかったが、サティナに回復魔法を頼んだ時にはもう居なかった気がする。そして酔いつぶれて寝ていたチンピラのアーロンが相棒のデリックに担がれて帰っていったとき、入れ替わりに店に戻ってきていた。
「私は夜を司る女神だぞ? 怪しげな気配を感じたので捜索していた。途中で気配が消えたがな」
たぶんサティナから逃げて夜風にでもあたっていたのだろうが、肝心なのはそこじゃない。
「気配が消えた? なんでだ?」
「私にも分からん。だが何者かがいたのは確かだ。なあ、ししゃも?」
「はい、おっしゃる通りですルノワ様。そして吾輩は見ました! 町を徘徊する何者かの影を! あの素早さ、並大抵の者ではありますまい」
高い建物の上で酒を飲んでいたししゃもが言うには、事件が起きた前後、夜のニーシアの町を高速で動く謎の存在がいたらしい。遠目にみたので正体は分からぬが、魔王たるししゃもをしてかなりの使い手だったと言わざる負えない相手のようだ。
アラタは飲んでないでさっさと報告しろとも思ったが、これではっきりした。何者かは分からないがこのニーシアの町に、狙ってか無差別か悪意を持ってボガーツを襲った者が潜んでいる。何者かは分からないが許してはおけない。
意識すれば暗視を発動できるとはいえ、何者かが潜んでいると思うと夜のニーシアの町が途端に不気味なダンジョンに思えてきた。思わず腰のメイス“轟雷”を握りしめてしまう。夜中にトイレに行きたくなったらルノワを起こしてしまうかもしれない。
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