第21話 踏破者の栄光

 苦労した往路と違って、復路は軽快そのものであった。それだけこの環境に慣れたということだろう。


 おかげでアラタ達は、諸々の事情をバリスとししゃもに説明する余裕があった。しかしアラタが異世界から来たということはそう簡単に信じてはもらえないだろうし、さらなる混乱を招くだけだろうとルノワと相談し、黙っておくことにした。


 アラタ達がティウスのダンジョンに入って七日目。ダンジョンを出ると、太陽の位置的にちょうど昼頃であり、昼過ぎにはニーシアの町に帰還することができた。


 ししゃもはルノワの肩に乗って、五百年が過ぎたニーシアの町を興味深そうに見物していた。「ししゃも殿は町の皆が驚くので、大人しくしているように」とのバリスのお願いを聞き入れたようだ。その実、奇妙な生物が闊歩するこのルミナス大陸においても、喋る動物というのは高位の魔獣くらいであった。


「組合に行って地図を納めて、戦利品も売却して、俺は鎧が壊れちまったからボガーツに修理も頼まないとな~。冒険者稼業も忙しいもんだな」

「そうだなアラタ。だが、これは私の予想だけど、もっと忙しくなると思うよ」


 バリスはそう答えると、ニヤリと笑った。表情から悪い事では無い事は分かるが、何が起こるのか。と考えている間に組合についた。


「――あら! バリスとルーキーさん達ご無事のお帰りですね! 心配していました。ティウスのダンジョンの地図の買取ですか?」


 つい一週間前に初めて来たばかりなのに、もはや懐かしい気がするニーシア組合に入ると、依頼を受けた時と同じ受付嬢が笑顔で迎えてくれた。


 “無事”と表現するにはボロボロなアラタ達の外見であったが、危険な冒険者稼業、それも三人の内二人はルーキーというメンバーで難所と呼ばれるダンジョンから生きて帰還したというのは、十分「無事」と称するにふさわしいものであった。


「ああ、これが作成した地図だ。確認を頼むソニア」


 旧知のバリスから地図を受け取った受付嬢、ソニアは地図を開き確認する。あの“赤い閃光”バリスが付いていただけあって地図の形式には何も問題は無い。


 正直ルーキーの冒険者二人が無事に帰ってきた時点でソニアの仕事の大部分は果たせたと言っていい。ソニア達組合の受付の一番の仕事は、適切な難度の仕事を適切な者の振ることだ。農夫出身なら繁忙期の農家の応援、経理の覚えのあるものには事務仕事。適材適所は重要だろう。


 しかし、厄介なのが冒険者だ。持っている武器の質、申告している能力等を見極めてもし依頼遂行不可能だと判断したら拒否しなければならない。


 特にルーキーは厄介だ。一攫千金や英雄願望に囚われて冒険者となった者の実に半数は、三回目までの依頼で死亡、または逃走する。


 冒険者の死亡数はそのまま組合の評判に直結する。「ニーシア組合は死傷者が多い」となれば、誰もこのニーシアの町で冒険者稼業を行わなくなるのだ。


 その点目の前のルーキー達がいきなりティウスのダンジョンを攻略すると言い始めた時は困った。一人は雰囲気のある魔法使いだが、もう一人は田舎から出てきた典型的な夢見がちな若者に見えた。


 どう拒否しようかと悩んでいたら、紆余曲折あって珍しいことにベテランのバリスが同行することになったのは僥倖だった。こうして、ボロボロだがルーキー二人をバリスが連れ帰ってきてくれて万々歳だ。


 ソニアは思考の脱線から戻って、地図の精査に集中する。意外にも深くまで潜れたようだ。地図上を指でなぞっていたソニアだが、ある一点でピタッと止まった。


「な、なんですかこの通路!? え? もしかして最下層まで完成されています!?」

「すごい驚きようだなソニア。まあ私も驚いたさ。その隠し通路はこのルノワが見つけたんだ、そしてもしかしなくても最下層、最後の部屋まで探索完了したぞ」

「隠し通路!? ティウスのダンジョンにそんなものが!」


 ソニアが大声で騒ぐものだから組合内にいた他の者達も集まってきた。

 皆口々に「隠し通路?」だとか「ティウスのダンジョンを攻略したってのか?」等とざわめいている。


 そんな中バリスが観衆の前にでた。アラタ達に「まかせておけ」とウインクすると、彼女は聴衆に向かって語り始めた。


「ここにいる皆に宣言する。私とそこにいるアラタとルノワは、あの難所ティウスのダンジョンの完全踏破に成功した! これを見ろ、最奥に眠っていた財宝だ」


 バリスはししゃもから譲り受けた宝物を両手に掲げて力説する。

 色とりどりの宝玉、黄金の装身具、古代の貨幣。幾人かの者はそれを見て驚きアラタ達の功績に納得したが、そうじゃない者も大勢いた。


「“赤い閃光”バリス! 仮にあんたが攻略したとして、後ろの新顔二人は荷物持ちかなんかか? 一体全体どういう具合に攻略したってんだ」


 ――当然の疑問だ。それまで多くのパーティから誘われながらもソロを貫いてきたバリスが、ルーキーを連れて――普通ルーキーなんて連れていてはその子守りだけで手いっぱいだ――難関と知られるティウスのダンジョンを攻略したという。そんな荒唐無稽な話があるかと聴衆の多くの者が疑問に思っている。


「皆の疑問ももっともだろう。逆の立場なら私もそう思う。漏れ聞こえた者もいるかもしれないが、ここにいる魔法使いルノワが隠し通路を発見した !彼女は凄腕の魔法使いで影を操る。常に冷静で道中多くの罠を看破した!」


 「おおっ!」と今度は半分以上から感嘆の声が上がる。「そんなものが……」「美人だ」と聴衆のざわめきはよりいっそう大きくなった。バリスは聴衆の反応を見ながら話を続ける。


「そしてそこにいる戦士アラタの一撃が、ダンジョンの最奥に潜む凶悪な魔獣を討ったんだ! 勇猛なるルーキーアラタは初めてのダンジョン探索だというが、その強靭さと行動力がついには魔獣を退けた!」


 身振り手振りも合わさったバリスの大げさな語り口は人を惹きつける。「あのメイスでか!」「そんな魔獣が!」と聴衆達は口々に叫ぶ。もはや歓声の方が大きくなった聴衆達のざわめきは、偉業の達成を熱狂的に迎えていた。


「というわけで、私はこれからこいつらとチームを組む。ティウスのダンジョン攻略は偉業の始まりにすぎない!このルーキーたちの門出を記念して今日は飲むぞ、祝勝会だ! みんな仕事を終えたら組合に戻ってこい! かくの通り宝物はたんまりだ、奢らせてもらう!」


 「奢り」の単語にニーシア組合はこの日最大の歓声に包まれた。荒くれものの冒険者達が口々にアラタ達を称え歓迎した。熱狂が収まる頃、歓声にこたえるように大声で笑っていたバリスがアラタ達の所に戻ってきた。


「勝手に進めてすまない。だがこれから名を上げるならこのやり方がいいと思ってね」

「いいんだよ。だがちょっと照れ臭かったな……」

「私もかまわないさバリス。それにほら、地図の納品分だけでこれだけの報酬だ。安酒で信頼が買えるのなら安いものさ」


 照れるアラタをよそに、いつの間にか地図作成の報酬を受け取っていたルノワが、中はルミナス大陸共通貨幣でパンパンなのであろう袋を持ってきた。


 「ほれ、これがお前の分け前だ」と渡された袋はズシリと重く、中にはまだいまいち価値観が分からないアラタにも大金と言える金額が入っていた。冷静に考えれば、アルバイトをしたことのないアラタにとってはじめての労働報酬だ。


「何に使ってもいいが、女を買うのにはまるのはやめておけよ」

「か、かかか、買わねーよ! ちょっと感慨にふけっていたんだよ。武具の修理なんかに使わねえと……」


 毎回水を差して、お前は闇の神じゃなくて水の神かとつっこみたくなったが、神様業界的にデリケートな話題だったらいけないのでやめておいた。


 しかしそういうお店もあるんだなあ、と再び妄想に浸ろうとしていた時、事務手続きが終わったソニアから声がかかった。


「皆さん傷だらけですし、教会に行かれませんか? 今回の業績を鑑みて当組合で紹介状を用意しておきました。これがあれば凄腕のシスターサティナの治療を受けることができますよ!」

「ありがとうソニア。夜まで時間はあるし、食事をとった後行こうか?」


 魔法での治療が見てみたいという好奇心と、何より自身の身体中が痛いのとで、バリスの提案にアラタは二つ返事で賛成した。


 それと同時に、ルノワとししゃもが少し嫌そうな顔をしたのを見逃しはしなかった。

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