第20話 疑念と信頼

 ――バリスは、シルドベルトが語った内容に瞠目した。


 バリスの目の前のシルドベルトと名乗る獣は、強力なタイリクオオナマズを使役していたとみて間違いない。だとすれば、シルドベルトが自らそう語る通り魔王級の力を持っているはずだ。


 そのシルドベルトが最敬礼を尽くす人物。ルノワは本当に邪神なのではないか?


 先ほどはルノワの言を冗談だと笑い飛ばしたが、目の前で起こった数々の事を考えると、荒唐無稽な話だがルノワが邪神であるという方が説明のつく気がしていた。


「だからそうだと言ったではないか。何の因果かそこのアラタに封印から解き放ってもらってな。こうして遥か五百年の時を経ての珍道中というわけだ」


 そう語るルノワの表情はいたって真面目だった。彼女の紫色の美しい瞳が、バリスを試すようにジッと見つめている。アラタとシルドベルトは成り行きに身を任せるのか沈黙を守っている。


 沈黙が支配する空気が、答えるのはバリスの仕事だと訴えている。聞かねばならない。しばらく瞑目して、ようやくバリスは重い口を開いた。


「ルノワ、仲間として一つだけ聞きたい。封印が解かれたお前は大魔王ドルトムーンを使ってこの世界を破滅に追い込んでいるのか?」


 ルノワ達はハーフオーガである自分を受け入れてくれた。その信頼する仲間が、真面目な顔で自らを邪神だと名乗るのだ。信じねばならない。


 信じるならば、そのルノワが何を目指しているか聞かなければならない。もし世界の敵であるようなら、この世界の一員として目の前の仲間を討たねばならない。


 ――愛用の弓を握るバリスの手に、自然と力が入る。


「そんな怖い顔をするな、バリス。当代の大魔王ドルトムーンやらは私には無関係だ。だいたい私は世界の破滅など最初から望んでもいないさ」


 先ほどとは逆に、今度はバリスの真剣なエメラルド色の眼差しがルノワを貫く。仲間を疑っている疑心の瞳ではない。仲間を信じているが、発言の真意を確かめる瞳だ。


 静寂が支配する中、幾程の時が過ぎたであろうか、バリスは決心した。


「わかった、ルノワの言うことを信じよう。ただし、もしお前が世界に弓引くとあらば私はお前の敵に回る。憶えていてもらいたい。それにお前はしっかりしているようで抜けてそうだ。私が必要だろう?」

「――なっ!? 無礼な物言いであるぞ小娘!」

「シルドベルト、口をはさむな! ああ、憶えておくよバリス」


 バリスは明るい笑顔で、ルノワは余裕の笑みで、あ互い信頼するに仲間に微笑んだ。


(――良かった)


 小動物が何かキーキー騒いでいたが、バリスとの話がまとまったことがアラタは嬉しかった。バリスは大切な仲間だし、敵対などしたくはない。それにバリスの様なベテランの冒険者で、性格に優れる美人の仲間なんて簡単には得られないだろう。


「よし! これでこれからも俺たちはチームだな! ところで、えーっと……シルシルモンモン? このダンジョンにはお宝とか伝説の武器とか無いのか?」

「シルドベルト・シャルル・ド・モンタギューだ小僧! 野盗のごとき発言はともかく人の名前を間違えるな! 無礼であるぞ!」

「長いし、なんか舌噛みそうだし、もう略して“ししゃも”とかで良いんじゃないか? その見た目にも合っているし」

「何を言う小僧! シルドベルト・シャルル・ド・モンタギューでもだいぶ省略しておるのだぞ! そのうえまだ省略して小魚呼ばわりか!」

「私も良いと思うぞ、ししゃも。その身体に合った愛らしい愛称ではないか」


――なっ!? ルノワ様まで……!」


 アラタの言葉に怒っていたシルドベルト――もっとも、その姿は愛らしい小動物がジタバタしているだけで怒りを訴えているようには見えなかったのだが――であったが、主人であるルノワにまでししゃもと呼ばれ、受け入れるほかなくなった。


「……仕方ありますまい。吾輩とて魔王の端くれ、宝物もいくつか蓄えてあります。ルノワ様にご献上いたしましょう」


 あくまでアラタに渡すのではない、と釘を刺してししゃもはアラタ達を部屋の奥へと案内した。


「うわっすげえ! こんな宝石見たことねえ!」

「こっちは冒険者の装備品みたいだな。駄目になっているのもあるが、いくつかは売れそうだな」


 案内された場所に隠されていたのは、数々の宝玉と武具や薬であった。

 アラタが今までの人生で見たこともないほどの、大粒の宝石が色とりどりと並んでいる。


 財宝を貯めこむ。そしてダンジョンを造り魔力が溜まる一番奥に住み着く。この二つがこの世界における魔王の共通点と言ってもいい。武具はこのティウスのダンジョン内で死した冒険者の装備品を、配下のスケルトン等を使って集めた物だった。


「ししゃもよ、お前の忠義の進物、確かに受け取ろう。さて、地図も作ったし目的も果たしたな。ニーシアの街に帰るか」

「ああ! ニーシアに戻って美味いもん食おうぜ!」

「そうだな。……だが、その前にタイリクオオナマズの髭を採っておこう。あれは妙薬になると伝え聞く」


 充足感に浸っていたアラタはバリスの言を聞いて、黒焦げになっているタイリクオオナマズに目をやった。トラック程も巨大なその異様さは、戦っている時はアドレナリンで分からなかったが、今はまじまじと感じられた。


「こんな化け物に比べたら、あのしょっちゅう喧嘩吹っ掛けてくるヤンキー連中なんて取るに足らねえな……」


 冷静に考えると、この世界に転移してきたあの夜あの森には、自分を追い回したあの名前も知らないヤンキー先輩もいたはずだ。魔獣うろつく森にいた彼はどうなったのだろうか?


 ――この異世界に転移してきたのは、果たして本当に自分だけだろうか?

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