第22話 シスターサティナ

 ソニアが勧めてくれた教会は、町の中心部から少し離れたところにあった。

 このルミナス大陸でポピュラーな宗教は五大神を祭る五神教ごしんきょうだが、光の神がより尊ばれる大陸北部に位置するサンクト王国においては、光の神を中心に祭る光神教こうしんきょうも大きな支持がであった。


 かくいうこの教会も、治癒の加護を与える光の神ルミナに仕える敬虔な光神教徒によって運営され、善意のお布施という形の格安の料金で、病人や怪我人の治療を行っていた。


 客の多くはアラタ達のようなパーティに神官や僧侶のいない冒険者稼業の者達で、混雑を避けるために、腕のいいシスターの治療を受けるためには組合からの紹介状が必要であった。


「組合からの紹介状を得てきた。シスターサティナはおられますか」


 バリスから声を掛けられた修道女が呼びかけの声を上げながら奥に行くと、五分と待たずに件のシスターサティナであろう人物が現れて挨拶した。


「まあバリスさん! お久しぶりです。今日はお仲間をお連れ何ですね。それにしても皆さんすごい傷です」

「久しぶりだなシスターサティナ。しかし、みんな仲間のことをつっこむな・・・。紹介するよ、アラタにルノワだ。彼女はシスターサティナ、このニーシア教会一番の腕前だ。この町の男共はみんなサティナに見てもらいたがるんだ。よかったなアラタ」


 ――確かにそうだろう。


 シスターサティナは美しいブロンドの髪をショートカットにした愛らしい美女だ。年はアラタのいくつか上であろうが、あふれ出る愛くるしさと他人に対する警戒心の無さで、まるで年下の童女であるかのように錯覚させる。


 しかしその愛くるしさとは裏腹に、出るとこは出、出ないところは引き締まっている女性らしい身体が、アンバランスさで彼女の魅力をよりいっそう引き出していた。


「バ、バリスまでからかうなよ!」

「ははは、悪い悪い。早速で悪いがシスターサティナ、治療を頼む」

「はい、かしこまりました。我が神に代わって安らぎをあたえましょう。――あら? えーとルノワさん?どうされました」


 見ればルノワはいつもの余裕の笑みはどこえやら、玉のような汗を浮かべ相当に居づらそうな雰囲気であった。


 心配そうに顔を覗き込むサティナの視線から身を隠すように、ししゃもを両手に抱えてガードし、盾に使われたししゃももまた居心地が悪そうという地獄絵図。


 光の神ルミナはかつての大魔王セルドルフを破り、ルノワ本人を封印するのに力を貸した神だ。

 いわば商売敵の支店に乗り込んでいるのだ。そりゃ居心地が悪かろうと、見るに見かねたアラタは助け舟をだした。


「サティナさん、そいつは人見知りなんですよ。あまり気にしないで上げてください」

「――え? ええ、失礼しましたルノワさん。でも私、なんだかあなたに興味があって」


 サティナは「ごめんなさいね」と付け加えると、怪我の度合いが最もひどいと見たアラタから治療を始めた。


「この者に神の祝福を! 『光よ癒せ』!」


 その桜色の唇から呪文が発せられると、アラタの周囲に光が宿り、まるで温泉につかっているような温かな心地の安らぎに包まれた。


 光が収まると、擦り傷切り傷だらけに骨まできしんで悲鳴を上げていたアラタの身体はすっかり良くなった。ダンジョンで負った怪我だけではなく、先日の狼との戦いで負った傷まで治っているから、いかにこの治癒魔法がすごいかわかる。


「さあ終わりましたよアラタさん。お体の具合はどうですか?」

「驚くほど完璧です! ありがとうございますサティナさん!」


 治療してもらったのはこちらなのに、美人が恐縮するほどの丁寧さで接してくるから正直照れてしまう。優しく微笑んでくるサティナと思わず見つめあってしまっていると、後ろから二人分の冷ややかな視線を感じたので、慌ててルノワに場所を譲った。


「なあルノワ、商売敵を祭る場所はやっぱり居心地が悪いか?」


 軽症だったルノワの治療も終わり、二人でバリスの治療を待っている時、ちょっとした世間話としてアラタは尋ねてみた。ルノワは「それを聞くのか?」というような絶望的な表情をして、ぽつぽつと語り始めた。


「居心地が悪いというよりは、五百年の差を見せつけられているようでな……」


 曰く、ノーセン村での乾杯の挨拶などからルミナ信仰が盛んなことは薄々気づいてはいた。大陸の名前、大陸共通通貨の単位といったものが光の神ルミナを由来とするというのもまだ受け入れられた。


 だが、この教会にきて初めて衝撃を受けた。まるでルミナが唯一神であるかのような崇められ方に。沢山の敬虔な信徒に敬わられ、その信徒が社会貢献することによって多くの民に受け入れられている。


 ――まさしく理想の神、理想の信者、理想の宗教。


「アラタも年を取ればわかるさ……」


 遠い目をしてルノワがつぶやく。足元ではししゃもが「おいたわしやルノワ様」とでも言いたげな視線を送っている。


 確かに方や立派な建物、立派な信者のいる一大宗教。方やおっさん声の小動物に契約成立したというアラタを入れても信者二人の弱小宗教。自分が万年平社員なのに、同級生が社長になったようなものだろうか、とアラタはよく分からないなりにも納得した。


「それにルミナは私の双子の妹だしな」

「ええー! 名前は似ていると思っていたけど、双子の姉妹なのか!」

「声が大きいぞアラタ。ここは病院みたいなものだ、まわりの迷惑も考えろ。それに姉妹神や兄弟神なんて珍しくもない」


 思わず興奮して声が大きくなった。周りの患者に迷惑をかけたとアラタは反省する。


「珍しくないのか……。もしかして他の六大神も家族なのか?」

「六大神が家族? 家族経営の中小企業じゃあるまいし、そんなわけあるか。夜と闇を司る私と、朝と光を司っている妹以外は他人だ」

「そういうものなのか。妹を祭る神殿ならここで交信したりできないのか?」

「ここじゃ無理だな。神が降臨する為の聖地との結びつき、捧げる供物、呼び出す巫女、それらが揃って初めて神の降臨が成る。私たち神の力を借りようとするならば本来それだけの準備が必要だ。ここだとよほど相性良い奴が稀に神託聞けるくらいだろうな」


 アラタは、ルノワの話を聞いてもとの世界の自分の兄と姉を思い出していた。

 二人とも自分とは似ずに優秀だった。


 ――そういえば元の世界の自分は行方不明者扱いだろうか? と不安になった。


「すまない、待たせたな!」


 後ろにサティナを連れた、バリスの明るい声が響いて現実に引き戻された。

 ――悩んでいてもしょうがない。今はこの厳しい異世界を生き抜くだけで精いっぱいだ。


「今シスターサティナに話を聞いていたところなんだが、どうやら最近街道に魔獣まじゅうの群れが出るらしい。もしかしたら依頼が出るかもな。商隊の護衛は拘束期間が長いが、うまみは大きいんだ」


 “魔獣の群れ”と聞くと、真っ先に初日に襲ってきた狼の魔獣を思い出す。後でルノワから聞いたことだが、どうやらあいつらはガストウルフという魔獣らしい。


 群れで行動し、高い知能で獲物を追い詰める強敵という。食われそうになったからトラウマ物だし、アラタにしてみればできれば戦いたくない相手だ。


「多くの人々が困っているんです。けれども腕の立つ冒険者の皆様にお願いするだけの自分が恥ずかしい……」


 トラウマがなんだ。魔獣の群れなんて蹴散らしてやる。無茶でも無謀でも男にはやらなければいけない時がある。


 シスターサティナが涙を浮かべて祈る顔を見れば、アラタは先ほどの考えなどとうに捨て去っていた。正義感ではない。下心100パーセントだ。


「アラタ、なにやら決意しているところ悪いが、まだ夜まで時間はあることだし、これからどうするんだ?」


 まるでアラタの心を見透かしたように、少し呆れた様な表情でバリスは問いかけた。確かにまだ夕方というには早いくらいの時間だ。祝勝会の時間まではまだしばらくある。


「鎧の修理を頼んでおきたいし、ボガーツの店に行きたいかな。ついでに夜の祝勝会に誘わないとな!」


 この初めてのダンジョン攻略では、だいぶボガーツ印の装備に助けられた。お礼も言いたい。


「ならばダンジョンから回収した武具の売却も頼む。ルノワはししゃも殿と一緒に宝玉の一部を、私は伝手つてにタイリクオオナマズの髭を売りさばきに行く感じでどうだ?」


 ルノワが何やら耳打ちして、バリスが赤面していたのが気になったが、バリスの提案にアラタもルノワも了承して三手に分かれる運びとなった。


 別れ際、しきりにルノワを気にしていたシスターサティナを祝勝会に誘うと「ぜひ伺います」という色よい返事ももらった。


 ああ、別れの手を振る姿も麗しい。金色の髪が太陽に輝いて、その神々しさはまるで伝説の光の神のようだ。


 あいにくアラタの隣を歩くのは双子の姉の方の邪神で、妹神たる光の神にはお目にかかったことは無いが。

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