第13話 ティウスのダンジョン
明朝、日が昇るくらいの時間に西門に赴くと、もうすでにバリスが門の近くで待っていた。昇る朝日に照り返して、彼女の真っ赤な髪の毛が燃えるように輝いている。
「おはようバリス。すまない、少し遅れたか?」
「おはようアラタ、ルノワ。私も今来たところさ。さあ、ティウスのダンジョンに向かおうか」
アラタ達は西門を出て歩き始めた。目的の地はニーシア西門から出て、二時間程の距離にある海沿いの遺跡だ。
“二時間程”というのは地球時間のそれとほぼ同じなのであるが、不思議とこの世界とアラタが元居た世界では、暦や時間の刻み方がほぼ同一であった。
ルノワは、似たような生物が住んでいる世界なのだから似たような事を考えるだろ、とアラタに仮説を語ってくれていた。
ティウスのダンジョンは、ここらでは難度の高い場所として知られている。かつての大魔王セルドルフが創造したという伝承もあって莫大な財宝を狙う命知らずたちがたびたび挑むも、全容がつかめていないという巨大な遺跡だった。
「ここが入り口か? なんだか門みたいな……。あれ? 中は意外と明るいのか?」
「アラタは何を言っているんだ? 明かりを準備しないと中は何も見えないぞ」
不思議と話がかみ合わない。バリスは疑問の表情を浮かべているが、アラタには割とはっきりと内部の様子が見て取れるのだ。
「――ああそれな、私との契約特典だぞ。夜目が効く」
「え? そんなんあるの? ……でも夜目が効くってしょぼくない?もっと大魔法が使えるとかにしてくれよ」
「しょぼいとか言うな、便利だろう! 盗賊なんて泣いて喜ぶぞ」
どうやらアラタが暗所をはっきりと見ることができるのは、ルノワと契約したからに起因するらしかった。当人のルノワも当然はっきり見えているようだ。
しかし、アラタは盗賊に身をやつす気など全くない。契約特典ならもっと豪華な物が良かったと思うのも当然であった。超人的な能力や、天才的な魔法の才能。そういったものが異世界へ行った者が得られる特典の定番だろう。
――素直に俺TUEEEさせてほしかった……。とアラタは落ち込んだ。
「すまない、契約とか何とか何の話をしているんだ? どうもお前たちは、暗所を苦にしないようだが……?」
会話に取り残されていたバリスが疑問の声をあげた。バリスには――というより他の人物には――邪神云々の話はしていない。したところで信じてもらえるか分からないし、ルノワが過去にやったことを考えれば最悪敵に回るだろう。
どうするんだ、とアラタはルノワにアイコンタクトを送ると、ルノワはまかせろといういつもの余裕の表情を浮かべた。
「ああバリス、私は暗視能力を付与できる魔法が使えるんだ『闇を見通せ』、ほら、これでお前も見えるだろう?」
「ほ、本当だ……! 遺跡の中がはっきりと見える! すごいなルノワ、こんな魔法聞いたこともないぞ。暗視薬なら使ったことはあるが、あれは高価だしな……」
「闇を見通させることなどこの私には造作もない、なぜなら私は闇の――まあ私の故郷に伝わる魔法だよ」
褒められたルノワが調子に乗ってつい喋りすぎそうになったが、なんとか誤魔化せたようだった。
洞窟や遺跡の探索で一番の脅威は、魔獣やトラップ自体よりもその暗さだ。
松明や辺りを照らす光の魔法を使えば敵に見つかる危険性は上がるし、暗いままだと思わぬトラップに窮地に陥れられる。暗視薬は販売されているが持続時間がそれほど長くはなく、何より高価な品なので簡単には使えない。
そのためルノワの唱えた暗視の魔法は、バリスにとって冒険者稼業を変える革新的なものであったと言って過言ではない。
「よし、それじゃあダンジョン内に入るぞ。先頭は盾持ちのアラタ、中衛に私、最後尾は魔法使いのルノワで大丈夫か?」
妥当な判断だろう。一番慣れているであろうバリスが中衛で前後をケアする布陣を敷き、不測の事態に備えようというのだ。
先頭を任されたアラタは緊張の面持ちで頷いたが、異論を唱えた者がいた。
ルノワだ。
「バリス、私に考えがある。先頭を歩かせてもらおう。方針としては地図の埋まっている上層部はさっさと通過し、下層におりる」
「私はついてきている身だし構わないが、大丈夫か? 上層部だって弱くはない魔獣がいるんだぞ?」
「安心しろ。他ならいざ知れずここなら大丈夫だ。さあ行くぞ」
心配するバリスをよそに、どこから自信が湧いてくるのか、ルノワはいつもの余裕のある笑みを浮かべて、先に行くぞと歩き始めたので、アラタ達も慌てて後を追った。
かつてティウスのダンジョンは石積みの遺跡然とした造りであり、いくつもの枝分かれした通路が侵入者を惑わし、各所に仕掛けられたトラップと魔獣が侵入者を苦しめるという様相であったと伝えられる。
“かつて”というのは五百年もの月日が流れるうちに、上層のトラップは解除され、迷宮の壁には先駆者によって目印がつけられており、迷宮はもはや侵入者を拒む役割を果たしてはいない。もっとも、探索の進んだ上層部に限っての話ではあるが。
「アラタ、ルノワ、気を付けろ! 迷宮トカゲどもがこちらを狙っているぞ!」
上層の主な敵は迷宮トカゲと呼ばれる魔獣だ。
全長2メートルほどの巨大な爬虫類で、迷宮の通路を這いまわる。長く伸びる舌に触れると麻痺するが、金属製の鎧は遠さない為武装した者にとってはさしたる脅威ではない。
バリスの警告で盾を構えていたアラタは、まずは迷宮トカゲの舌を、次いで突進を受ける。中々の衝撃だが上手く上っ面を撥ね退けて、事前にバリスから指導を受けていたようにメイス“轟雷”を喉に叩き込む。
「防具無しでワーウルフと戦ったことに比べれば、怖くもなんともないぜ!」
頭を叩き潰さないのは、迷宮トカゲの眼球は売れるからだ。黄色く光るそれは、ある種の目の治療薬になるらしい。
アラタが一匹と格闘している間に、バリスは弓に矢をつがえて素早く二匹を、そして大型の狩猟用ナイフを引き抜いてさらに一匹狩っていた。仕留めた獲物から眼球を回収し終えたアラタは、手早く作業を終えていたバリスに声を掛けた。
「すごいなバリス! さすがは“赤い閃光”って感じだな!」
「アラタ、お前も初めてにしては悪くない動きだった。しかしその二つ名はやめてくれ……」
華麗に迷宮トカゲを狩ったバリスをアラタは褒めたつもりでそう呼んだのだが、赤面しながらのジト目で返されてしまった。
「……何をいちゃついている。そろそろ進むぞ、次の角を左だ」
魔法を使わずにアラタと同じく一匹を倒したルノワが、あきれた表情で近づいてきた。
「い、いちゃついてなんか! ……なあルノワ、今次の角を左と言ったか? 壁の印をよくみて見ろ、次は右だ。たしかこの先の角を左に行っても、行き止まりのはずだ」
赤面していたバリスだが、そこはベテランの冒険者。ルノワの言にすぐに違和感を憶えた。
「私に考えがあるといっただろう? 次の角を左だ。安心しろ、損はさせないさ」
そう告げるとルノワはまたも一人で歩き始めたので、アラタ達は追わねばならなかった。
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