第14話 ルノワの追憶
ティウスの遺跡。その迷宮。その中でも、冒険者が通らなくなって久しい通路を、ルノワ達は進んでいた。後ろについてくるアラタとバリスは、疑念半分といった表情だ。一行は通路を直進し、やがて行き止まりに至った。
「……! バリスが言ったように行き止まりじゃないかルノワ」
「心配をするな。ちょっと待っていろ……」
困惑するアラタを制止し、ルノワはしゃがみ込むと何かを探しているように壁の石を指でなぞる。やがて何かを見つけたように「あったぞ」とつぶやくと壁の左下の石を押した。
すると目の前の行き止まりだった石壁は、回転扉のようにくるりと半回転した。
「驚いたな……、こんなところに隠し扉があるなんて聞いたこともないぞ。どこで知ったんだ?」
バリスが感嘆の声を上げた。事実、ニーシアを拠点にしていて組合内で顔も広く自身もベテランの冒険者であるバリスでさえ、ティウスのダンジョンにこのような仕掛けがあるなど噂にも聞いたことが無かった。
「似たような場所にちょっと心当たりがあったものでな。さきほどの分かれ道があっただろう? あの右側の通路は壁の左右に窪んでいた部分があった。おそらく、昔はトラップが仕掛けられていたのだろう。方やこの道は何も面白くはない一本道だ、ただの迷路にしては意味がなさすぎる。その行き止まりにある種の魔力を流し込んでみれば、というやつだ」
今しがた仕掛けに気づいたというように解説してくれたルノワだが、アラタはそれに違和感を憶えた。ルノワは依頼を受けるときから、しきりに「考えがある」と言っていた。最初からそこに隠し扉があると知っていた――それも、この依頼を受ける前から――と考える方が自然だろう。
隠し扉の奥、下層に降りる為の階段を下りながら、アラタは小声で尋ねた。
「なあ、ルノワ。お前はこの通路の存在を最初から知っていたのか?」
「知っていた、というよりは確信とも言える予想がついていた、が正解だな」
「……予想がついていた?」
「このダンジョンを造った奴はな、降りる手間を省く為に下層への直通通路を必ず作っておくような奴だったんだよ」
「このダンジョンを造ったっていうと……、大魔王セルドルフか!」
アラタは、かつてルノワから聞いた五百年前に討ち滅ぼされた大魔王の名前を思い出す。
「ああそうだ。あいつがこの地にダンジョンを創造していたのは私の記憶にあったからな。大魔王セルドルフを誕生させたのは私だぞ?ならば大魔王軍専用の通路を使えぬ道理はあるまい」
――ルノワは回顧する。
大魔王セルドルフはルミナス大陸――当時はそう呼ばれてはいなかったが――を制圧するにあたり、植民地としてダンジョンを複数製作していた。それは天然の洞窟を利用した物から、ティウスのダンジョンのように魔法を用いて建造した遺跡のように多岐にわたった。
セルドルフは色々と革新的な奴で、ダンジョン内の魔力が淀みとなって溜まる最下層への直通通路もそのアイデアの一つであった。階層ごとの移動という意味ではアラタの記憶で見たエレベーターの考えが近いだろうか。
――あいつが勇者に討ち滅ぼされねば、どういう国造りをしたかは興味があった。今となっては叶わぬことだが……。
「前方にスケルトン! 数は10体! 奥に弓持ち!」
魔力反応に気づいたルノワは、過去から引き戻され仲間に注意をとばす。下層についてそうそうにお出迎えだ。
野生動物に近い者たちが生息する上層部に比べて、下層部はより魔力の影響を受けた者が跋扈する。スケルトンもその一つだ。
死者の亡骸が魔力を吸収して動き出すスケルトンは、ダンジョンの奥や、古戦場、古城に姿を現し、生者憎しとばかりに集団で襲い掛かってくる。
武器は扱うが動きは鈍く、打撃攻撃と光魔法の『鎮魂』にとりわけ弱い。魔力で動いているとはいえ所詮は骨なのだ。叩くと脆いし、死者の魂が還されてしまえば崩れ落ちる。
バリスの指示を聞いたのであろうアラタが、動く骸骨にビビりながらも前に出る。
「私は弓持ちに対処する、ルノワはアラタのサポートを!」
頷いたルノワは、盾でスケルトンの振るう斧を受け止めているアラタに加勢する。
長い修練をつんだ魔法使いもそうだが、神であるルノワには魔力の流れが見える。スケルトンの魔力の流れが集中しているところ――だいたい心臓の位置だ――に杖を叩きつけ、こちら側から魔力を流し込む。それだけでスケルトンはバラバラに崩れる。
隣ではアラタが気合の雄たけびと共にメイス“轟雷”を振り抜き、スケルトンの頭蓋を破壊していた。
この世界に迷い込んでまだ数日だというのに、生存本能がそうさせるのかアラタはよくやっている。本人は喧嘩慣れと言っていたが、実際の殺し合いとではまた感じるものも違うだろうに、強い心を持っていると思う。
ルノワは安心して次のスケルトンに取り掛かった。
「神官の魔法がなくてもやれるものだな……」
ものの数分でスケルトンの集団を再び元の物言わぬ死者に変えた光景を見て、ルノワはそうつぶやいた。
――思い出す。五百年前の大魔王セルドルフの世界侵略の際、アンデッド軍団を率いた将軍がいた。
大魔王セルドルフ配下十六魔将の一人である死霊将軍デルモス・デラネス・デッドリードーンは、自ら生み出したアンデッドの軍勢を大陸中に送り込み、死と恐怖の嵐を巻き起こした。
無敵かとも思われたデルモスの不死者の軍勢を退けたのは、光の神ルミナの力を借りた神官達の光魔法であった。遂には死霊の魔王デルモス自身も、勇者の仲間たる当時神童と謳われた神官の少女に鎮魂されてしまった。
――ルノワは思う、足元に散らばっている、死してなお戦いを強いられた者達を。
――ルノワは思う、五百年もの年月の間封印されてもなお神として役目を果たそうとする己を。
その二つになにか違いがあろうか?
「我ながら実にくだらないことを考えるものだな……」
そう自嘲気味につぶやいて周囲の警戒を再開する。
神は世界の一部故に滅すことができぬ。ならば己の役目も滅すことはできぬ。
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