第12話 火花の寝床

「バリスは普段、ソロで依頼をこなしているのか。じゃあなんで俺達と組もうって言いだしたんだ?」

「まあ今回は二つ理由があってね。一つは新顔のお前たちがティウスのダンジョンで無駄死にしないように、危なくなったら連れ戻そうって考えてのこと。もう一つはあんた達ここら辺のやつじゃないし、面白そうって思ったってこと。それが理由かな」


 鍛冶屋に行く道すがら、アラタ達はお互いの信頼を高めるため、雑談に興じていた。快活に笑いなが裏表のない話をするバリスを、アラタはこの短時間ですっかり信用していた。


「ソロなのにランク3位なんて、バリスはすごいな!」


「実は私も含めて上位三人はみんなソロだよ。一位のグスマンは古株でこのニーシア最強の冒険者、二位のランロウは新参ながら実力あるやつだ。私は堅実に仕事をした結果と運さ。でもやっぱり、一位になりたい欲はあるかな。知っているか? シーズン一位になると伯爵領への功績大なりとして伯爵様から直接褒賞ほうしょうを頂けるんだぞ」


 伯爵様から直接褒賞を頂ける! それならば蔵書の閲覧を願い出ることも出来るかもしれない。アラタは「聞いたか」とルノワの方を振り返る。


「すでに知っている。お前が昨晩バクバク食っている時に宿に泊まっていた冒険者から聞いた。というかその為に今日組合に行ったのだぞ?」


 相変わらず準備がよろしいことで、とアラタは何も考えていない自分と比べて軽く落ち込んで前を向いた。ちょうどその時、先頭を歩くバリスが立ち止まった。


「着いたぞ、ここだ。おーい、ボガーツ! いるか?」

「――ああ、バリスいるぞ。矢ならいくつか作ってあるから持っていけ。ん? 珍しいな連れか?」


 ボガーツと呼ばれたその男、ボガーツ・エルサンダは禿頭に髭面の大男で、この火花の寝床ひばなのねどこという名の鍛冶屋の店主であった。若い時分は自らも戦場で戦う戦士だったというこの店主は戦場で培ったという確かな腕で、名工としてニーシアの町で知られていた。


「俺はアラタだ。こっちはルノワ」


「こいつらティウスのダンジョンに丸腰で潜るって言うんで連れてきたんだよ。アラタには武器と防具、ルノワには……」

「――私のローブは魔力を通せば刃は通らない。そうだな、あれば杖でも貰おうか」

「わかった!という訳でボガーツ、見繕ってやってくれ」


 バリスの呼びかけにボガーツは「おう」と野太い声で返事をすると、アラタの身体を頭からつま先までジロリと見た。そして鎧のかけてある壁に赴くと、一つの革鎧を取り出しアラタに着せてくれた。


 初めて着た鎧はアラタにぴったりで、思っていたより軽く、動き辛くは無かった。同じようにアームガード、レッグガードもボガーツは直ぐに見繕ってくれた。


「ボガーツすごいよ! ぴったりですごく動きやすい!」


「そうだろう? なんてったって軽くて丈夫、しかも安い! 安心と信頼のボガーツ製よ。兄ちゃんは鎧着慣れてそうでなかったのでな、金属部分の少なくて軽い物を用意させてもらった」


 腕をぶんぶん振って動き易さをアピールするアラタに、ボガーツも獰猛な熊を思わせる笑顔で返した。少し山賊っぽいデザインな気がしてならないが、間違いなく優良な品だろう。


「私も決まったぞ。中々の逸品だ」


 見ればルノワも、黒いシャフトの先端に彼女の目と同じ色の紫色の宝玉の付いた杖を手にしていた。


「そいつはお目が高い、つい先日立ち寄った流しの魔法使いが売っていったものだ。生産型じゃない一品物だな。となると後は兄ちゃんの武器だな……何がいいんだ?」

「そりゃ当然剣だ!」


 ファンタジー系RPGの勇者が持つ武器と言えば当然剣だろう。最初は町の鍛冶屋で買った剣を使っていた男が、洞窟に眠る伝説の剣を拾い活躍する。そんな物語を夢想し、アラタはまだ見ぬ愛剣に思いをはせた。


「「「だめだ!」」」


 アラタ以外の三人による綺麗なハモリによる否定だった。

 一瞬にして夢想を打ち砕かれ意気消沈するアラタに、ボガーツは言い聞かせるように声を掛けた。


「あのなあ坊主、お前ろくに剣を握ったことの無い素人だろ? 悪いことは言わんから大人しく鈍器系にしておけ」


 ろくに鍛錬を積んでいない剣士の剣は直ぐ折れるし、相手を切ることはできない。人間相手なら鎧の隙間を狙っての刺突、もしくは鎧の上から叩くことでダメージを与えられるが、多種多様な魔物となるとそう上手く急所を突くことはできない。


 剣はダメとなると残る近接武器の選択肢として槍と鈍器が挙げられるが、槍も狭いダンジョンの中で戦うことも多い冒険者にとって難しい武器だ。よって、必然的に力いっぱい鈍器を振るのが最適解ということになる。


「理解したか? メイス、ハンマー、戦斧……。兄ちゃんの身体つきを考えたら片手用のメイスが一番だな。こいつなんかどうだ?」


 ボガーツが差し出したメイスは金属製で一般的な物より少し柄の長いものだった。アラタはメイスを受け取ると感触を確かめるために何度か振った。ちょうど金属バットくらいの長さで手に馴染んだ。


「……ああ。まあ生き残るのが一番だし、思ったより使いやすそうだし……」

「少し歯切れが悪いのが気になるが、納得してくれたようだな。メイスはいいぞ! 硬い魔獣の殻も砕けるし、フルプレートもぺしゃんこだ! しかもそいつは俺の自信作で名は“轟雷ごうらい”っていう、大切にしてくれや」

「“轟雷”か! 大切にするよボガーツ!」

「うん、似合っているぞアラタ! 中々様になったじゃないか!」


 やっと冒険者らしくなった格好にバリスは明るい笑みと誉め言葉で答えてくれた。アラタは嬉しくなってルノワにも尋ねてみた。


「どうかな? ルノワ!」

「私も良いと思うぞアラタ、メイスは使いやすい武器だ。……どうにも蛮族っぽさが増したがな」


 言葉の後ろの方が褒めてないような気がしたが、気のせいだろう。微妙な空気を払うように、ボガーツは威勢のいい声を上げた。


「ようし! ルーキーの門出だ、安くしとくぞ! もう一つ盾もつけて全部で三万ルミナでどうだ? いや、あの杖の買い取り価格そんくらいだったな……」

「三万とは太っ腹だね! 男が一度口に出した言葉を飲み込んでるんじゃないよボガーツ!」


 宿代が二人で一晩五千ルミナであることを考えたら、破格と言っていいだろう事はアラタにも分かった。安すぎないかと心配になっていると、鍛冶屋というのは冒険者の常連がつくと武具や防具の修理で定期収入が入るので、購入時は安く売っても後々を考えればプラスになるのだとバリスが教えてくれた。


 もちろん打算的な考えもあるが、ボガーツが人情に厚いのは嘘ではなく、そこら辺の事情を加味しても十二分に安いようだった。


 ボガーツとバリスに感謝して支払いを済ませ、アラタ達は鍛冶屋火花の寝床を後にした。その後近隣の別の店でいくつかの治療薬とダンジョンの探索に必要な道具類を購入し、夕食を共にした後にそれぞれ帰路に就いた。


「それじゃあ明日の朝、西門に集合な! 早く寝ろよー」


 別れ際も元気いっぱいに明るく手を振っていたバリスは、西門の近くにある女性専用の宿を借りていると言っていた。荒くれ者が集まる冒険者稼業とはいえ、独り身の女性としてはその方が安心なのだろう。


 アラタは明日のダンジョン攻略に緊張しながらも、バリスの忠告通り早く寝ることにした。

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