第11話 赤い閃光のバリス

「おいおい姉ちゃん達、さっきから聞いていたらティウスのダンジョンに行くんだって? やめとけやめとけ、死ぬのがオチだぜ」


 アラタ達が受付嬢と報酬の受け取り方などの事務的な話をしていると、不意にいかにもガラの悪そうな酔っ払い男二人組に話しかけられた。


 声をかけてきた方は金髪のチンピラ崩れといった外見で、腰には剣を佩いていた。もう片方は長髪のチャラ男風で、背中には弓矢を背負っていた。二人ともこの昼間から相当飲んでいるようで、卓上の酒瓶の本数がそれを物語っていた。


「ご忠告感謝するが私たちには考えがある。ご心配は無用だ」


「まあそう言うなって。そっちのさえない男は放っておいて俺たちとダンジョンいくより楽しい事でもしようぜ。可愛がってやるよ」


 金髪の男は下卑た笑みを浮かべると、ルノワの身体を舐めるように見ながら言った。


 この手の輩は下手にでると付け上がり要求がエスカレートする。それは異世界でも変わらないだろう。喧嘩を売られることに慣れているアラタは、ルノワをかばう様に前に出て言い返した。


 何よりアラタが前に出ないと、ルノワの目が恐ろしく怒りに満ちており、何か魔法的なトラブルを引き起こしかねないと思ったからだ。


「――何だあ? てめえら俺達に何の用だ? 俺の、お、おん、なに……とにかく俺の仲間に手を出すな!」


 しかし、威勢よく啖呵を切ったまでは良かったものの、本当なら「俺の女に手を出すな」というセリフまで言ってみたかったアラタだが、そこまで思い切ることはできなかった。


 受付嬢は冒険者同士のもめ事には不介入ということなのか、困ったような表情を浮かべている。


「なんだお前? この俺様達に歯向かう気か……? 命が惜しくねえのか」


 酔っ払い男たちは武器こそ抜かないが、格下と侮っていたアラタに言い返されたのがよほど頭に来たのか今にも殴りかかってきそうだ。


 一触即発といったその時、組合内に凛とした女の声が響いた。


「やめろ、アーロン、デリック! 組合内でもめ事を起こすな!」

「おいおい、バリス。これは俺たちの問題だぜ? 口出しはやめてもらおうか。俺は見慣れないこいつらが、巷で噂になっている町に潜入している大魔王軍じゃないかって尋問していたんだぜ?」


 チンピラ崩れは口から出まかせを言いながら、へらへらと笑った。


 バリスと呼ばれたその女は、きりっとした顔立ちの健康的な美人だった。

 褐色の肌を大胆に露出するキャミソールタイプの服とホットパンツといったファッションで、要所に革製の防具をつけており、動き易さを重視していそうだ。女性では高めの背はアラタより高く、長い赤い髪の毛をポニーテールにしていた。


 アラタと年はそう変わらない女性だが、よく鍛えられた身体は隙の無い冒険者、もしくは狩人とはっきり思えた。それを証明するように背には取り回しやすそうな弓を背負っており、腰のところには、大ぶりのナイフを付けていた。


「私はあんたらがそこの新顔に絡むのを見ていたんだよ! それとも何か、私にも喧嘩を売るってのかい?」


「いやいやバリス、そんなことはしねえぜ。わかったよ、引くよ」


 バリスのエメラルド色の瞳にキッと睨まれた酔っ払い男たち――アーロンとデリック――は、すごすごと組合から出て行った。


「もう大丈夫だ」というアイコンタクトをバリスから受け取った受付嬢は、ほっと胸をなでおろしていた。どうやら冒険者不介入というよりも、どうしたものか分からないで固まっていたらしかった。

「あいつらも普段はもっとまともな奴等なんだよ。多分酔っていたのと……嫉妬だろうな」


 近づいてきたバリスは「すまないな」と前置きをしてアラタ達にそう言った。


「ありがとうございます、助かりました! 俺はアラタです。えーっと、バリスさん?」

「私はルノワだ。あいつらがまともだとは思えんが、ここは素直に言に従っておこう」


 アラタは助け舟を出してくれたバリスに礼を言い、ルノワも軽く頭を下げた。

 バリスは快活に笑うと、アラタに手を差し出した。


「私はバリス・スタントンだ。バリスでいいよ、アラタにルノワ。年も近いみたいだしそうかしこまらないでくれ」

「ああ、よろしくバリス!」

「ところでアラタ達はティウスのダンジョンに行くのか?それなら私も同行していいか?私の実力が心配なら、ほら」


 バリスの指さした先には目立つ色の紙が貼られていた。組合員功労者表、1位“沈黙ちんもく”グスマン、2位“き”ランロウ、3位“あか閃光せんこう”バリス……。

 二つ名だろう肩書と共にバリスの名が記されていた。


「あれは昨季の冒険者報酬ランキングだ。見ての通り私は3位、ここらの事情にも明るいし君たちの助けにもなると思う。あっ! “赤い閃光”ってのは自分で名乗っているんじゃないぞ! 組合に勝手につけられたんだ」


 赤面しながら否定するバリスはルノワとはまた違う魅力を放っていて、ぶんぶんと振られる美しい赤い髪がたなびく姿は、“赤い閃光”と名付けられたのがふさわしく思えた。


「もちろんバリスさえ良ければお願いするよ! ルノワもいいか?」

「私も別にかまわないぞ、この女は面白そうだ。それはそうとしてアラタはエロい目線でバリスの胸ばっかりを見るな」

「人聞きの悪い事言うなよ! そんな目線で見てねえよ!」


 本当は少し見ていたアラタだったが、バリスが胸をかばうような仕草をしたのに少し傷ついた。


「ま、まあよろしく頼む。そう言えば二人ともえらく軽装だが武器や鎧は無いのか?」


 バリスが疑問に思うのも当然だった。ルノワは壁から出てきた時の黒のローブだけだし、アラタに至ってはノーセン村で貰った服をそのまま着ているだけなので、いかにも農民が無謀な夢を抱いて一攫千金を狙いに来たという風であった。


「そう言えば私は魔法を使うが、アラタには一応武器が必要だったな……」


「……え、何? バリスが指摘しなければ俺って丸腰で魔獣蔓延るダンジョンに連れて行かれていたの?」

「節約になるし、なくても構わないだろと思っていたが……やっぱりいるか?」

「なんでいらないという選択肢があるんだよ! 節約!? 武器は必要経費だろ! 防具もだ!」


 アラタの脳裏にはワーウルフの鋭い牙や爪が鮮明に記憶に残っていた。生身でまたあのような化け物と事を構えたくはない。


「買う金があるのなら私の行きつけの鍛冶屋に行こうか?他にも松明なんかの準備が必要だろう?」


 二人のやりとりを聞いていたバリスは、少し引いたように、困ったような笑みを浮かべながら提案してくれた。

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