第10話 冒険者アラタ

 明くる日、輝く黄金鳥亭の食堂で美味しい朝食を摂ったアラタ達は、ニーシアの目抜き通りを歩いていた。


 通りは綺麗に石畳で舗装されており、このサンクト王国の文化度の高さや、規律がうかがい知れる。朝の市場からは活気ある声が聞こえ、店々には多種多様な商品が並び、馬車も人通りも非常に多い。


「ところで聞いてなかったがこれからどうするんだ? 聞き込みでもするのか?」


 催眠術は使えないということしか今後の方針を聞いていなかったアラタは尋ねた。

 このニーシアの街にはルミナス大陸中から来た様々な人がいるようだ。そういった人々に聞いて回るのだろうか。


「聞き込みなんてしないさ。私たちのこの都市での目標は、ヴェスティア伯爵の蔵書を調べることだ。そのためにはこの都市での信用を上げる必要がある。異邦人の私達でも出来る方法によってな」


 ノーセン村の保証状によってニーシアの街に入れたからといって、アラタ達が素性すじょうのろくに知れぬ流れ者なのには変わりない。


 伯爵の館を訪ねたところで、良くて追い返されるのが関の山だろう。悪ければ怪しい奴等ということで投獄されかねない。投獄されたが最後、司法の助けなど望めないであろうこの世界では、即席の形だけ裁判で縛り首、一巻の終わりだ。


 ――ならばどうするか。この魔獣はびこるファンタジーな異世界にあるであろう、もしくはあるかもしれない職業をアラタは元の世界の知識から思いついた。


「そうか分かったぞ! 冒険者ぼうけんしゃだな、冒険者ギルドに行くんだな!」


「そうだアラタ。お前の元の世界の創作物にもあったようだな。もっともこの世界では、ニーシア組合くみあいという名の日雇い労働者の斡旋所だがな。気をつけろよ、冒険者とは名ばかりのならず者も多い。そろそろ見えてくるぞ、あそこだ」


 ルノワが顎で示した先には、周囲よりもひときわ喧噪を放つ建物が存在していた。

 目立つ赤い屋根の二階建て木造建築物で、いかにも荒くれものといった男や、杖を持った魔術師然とした女性が出入りしていた。


「――ここがギルド! なるのはファンタジー世界の冒険者! ここから俺の伝説は始まるのか……!!」


 ギルドカードの登録、明かされる圧倒的なステータス。驚愕するギャラリーをしり目にいきなりSランクの依頼を受ける、強大な敵を倒し周囲から称賛される自分の姿を夢想し、アラタは元の世界に帰るという当初の目的を忘れてニヤニヤした。


「だからギルドではなくニーシア組合と言っているだろうが。それに悪いがステータスだとかSランク依頼だとかそんな制度は無いぞ」


 いつの間にか声に出ていたのか、隣にいるルノワから訂正が入った。

 冷や水を浴びせられ、妄想の世界から帰還したアラタは立ち止まって落胆し、スタスタとアラタをおいて歩くルノワを慌てて追いかけて組合の建物に入った。


 組合。主だった都市にある日雇い、期間雇い労働者の斡旋所だ。繁忙期の農家の手伝い、都市の外壁修理や砦の普請、はては迷い猫の捜索と、斡旋されている仕事の内容は多岐にわたる。


 その中でも一番の目玉は、俗に冒険者と呼称される者達の仕事だ。この世界には魔獣、魔物と呼ばれる特殊な力を備えた生き物が跋扈している。主としてそれらの退治を行い、報酬を得るのが冒険者だ。


 定期的に大魔王が出現し侵攻してくるこの世界において、兵士達は大魔王との戦いに駆り出され、領内の魔獣や野盗といった者達まで対処が回らない。そこで冒険者という一種の傭兵稼業が認められており、重宝されている。


 危険に見合ったその報酬は高く、食い詰めた農家の次男、三男にとっては一攫千金の夢を見ることができる。


 組合はこのルミナス大陸の各主要都市に存在しており、このニーシアも例に漏れずニーシア組合がある。ニーシアの組合だからニーシア組合だ。各都市にある組合は一つの組織ではないものの、緩やかな連帯を維持しており、都市を超えて活躍する冒険者も多々あった。


 アラタ達が入ったニーシア組合の建物の中は大きめの酒場といった具合で、テーブルに着いて食事をとっている者や、まだ昼前だというのに酒を飲んでいる者が大勢いた。


 組合内の左右の壁には仕事の依頼の紙が隙間なく張られており、多くの者が閲覧している。ルノワは壁の依頼には目もくれずに一直線にカウンターの方へ進み、笑顔で接客していた受付嬢に話しかけた。


「仕事を受けたい。この都市の北西のあたりに位置するダンジョンに関する依頼はあるか?」


「ティウスのダンジョンですね? ――ええありますよ。あのダンジョンはだいぶ深いようなのですが、まだ深層にたどり着けてないようなので、未踏域の地図を作成していただければ当組合が買い取らせて頂きます。でもあそこは強い魔物の巣なんですよ。……大丈夫ですか?」


 受付嬢は新顔のルノワに丁寧に対応しながらも、実力の知れぬ目の前の相手を気遣っていた。


 自分の腕を過信している田舎からでてきた若者が、自分の実力不相応のダンジョンや魔物に挑んで敗れるというのはよくある事だった。そんな自分の実力も分からぬ遠回しな自殺志願者を止めるのも彼女の仕事であった。


 とりわけ目の前の新顔――ルノワ達――が挑もうとしているティウスのダンジョンは多くの死者を出していることで有名であった。かつての大魔王セルドルフが創ったというそのダンジョンは莫大な財宝が眠っているというが、多くの魔獣が潜み、未だにその全容を明らかにしていなかった。


「おいルノワ、本当に大丈夫なのか……? お前と俺だけでそんな危険な所にいって生きて帰って来る事ができるのか?」


「心配するなよアラタ、私に考えがある。必ず成功するさ。何より、名を上げるには困難を突破しないとな」


 ルノワはいつもの余裕の笑みを浮かべながら言った。


「……じゃあお願いしますね。くれぐれも危険だと思ったらすぐに脱出してください」


 自信満々なルノワの表情に止めることは無理だと判断したのか、それとも危険を感じたらアラタが連れ戻すと思ったのか、受付嬢はアラタ達を送り出すことに決めたようだった。


 ――ティウスのダンジョン。


 アラタの冒険者としてのデビューはそこになるのだろう。まだ見ぬ難関でどんな冒険が待っているのか考えて、アラタは身震いした。ビビってるんじゃない、武者震いだ……たぶん。

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