190日目 【壊れていく心】

各国、段階的に都市封鎖ロックダウンは解除されはじめた。日本でも緊急事態宣言は解除された。しかし、緊急事態宣言が発表されている間に営業を続けていた飲食店は警察に通報されたり店の看板に落書きをされ、さらにSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)サイトで悪口を書き込まれるなど悪質な嫌がらせが相次いでいる。


老舗で代々だいだい店を受け継ぎ、創業から100年続いた蕎麦屋そばやが倒産して店をたたんだかと思えば、太宰治だざいおさむが執筆活動をしたと云われる旅館がもぬけの殻になって廃業するなど、古き良き時代の日本を支えた文化遺産が次々に消えていった。


老舗の飲食店や旅館だけではなく、スナックやキャバクラなど水商売もまったく客が来なくなった。どれもこれも倒産、廃業である。


水商売をやっている女の子たちの中には地方から都会に出てきた学生も多く、学費や家賃のために時給のいい夜の仕事を選んで働いているケースもある。


一人暮らしで水商売をやりながら生計を立てている女性も学費を稼ぐために働いている学生も店側から「しばらく休業する」という連絡が一本あっただけで後は、なんの補償もしてもらえなかった。


普段の何気ない日常から突然、”死刑宣告”が下ったようなものだ。


新型ウイルスの影響下で他に働ける場所がない。これが働き口を探す人々にとってもっとも辛いことである。


ほとんどの国民が新型ウイルスの影響で生活必需品を買うこと以外は外出を自粛しているが国の補償はまったくアテにできない。貯金を切り崩して、生活を繋ぐしかないのだ。


「自分でなんとかするしかない!」と気持ちはあせるが実際は自宅で待機するだけで他に何もできない。それは日本だけではなく他の国も同様で自宅待機している大半の人がその不自由さを感じていた。


やっと外出できるようになってもすぐに元の生活に戻るわけではなく、人々の心は壊れていった。外出できるようになったが警戒して、必要なこと以外で外に出歩く人は減っている。自宅に待機したまま新型ウイルスが発症して亡くなった人もいる。自宅で待機したまま孤独死した人もいる。


ただ自宅にいるだけ、部屋にいるだけであっても将来に対する不安や収入源の確保が必要であるため、人々の心は疲労困憊ひろうこんぱいしていった。


そして、この生活がいつまで続くのか分からないという絶望感が心にのしかかる。


都市封鎖ロックダウンが解除されても渡航制限はかかったままであり、観光や旅行をする者はごくわずかである。


まずは”働かねばならない”と誰もがそう思う。元の社会に戻るには新型ウイルスを治療してくれる新薬が必要なのだ。それがなければ人々は安心して暮らせない。


人が作り上げた社会はこんなにも脆いものだったということが露呈した。新型ウイルスの影響は、いつの間にか経済への打撃に姿を変えているのだった。

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