150日目 【悲しい別れ】

WHOにより新型ウイルスはパンデミックであり、対策する必要があると宣言された。それを受けて世界中の重要機関が対応に追われる。


日本政府も例外ではなく、緊急事態宣言を発表して経済活動の自粛・制限を呼びかけた。

・自動車、家具、不動産、貴金属、衣料品、家電品などの物販

・生命保険、自動車保険、銀行などの金融業

・定食、お弁当、スナック、キャバクラ、居酒屋、風俗店などの飲食業・風俗業

・パチンコ屋や遊園地、コンサート、ライブ、動物園や水族館など


とにかく人が集まる場所はすべて自粛要請である。自粛の話はサクサク進んでいくのに補償の話になると出し渋っている。いかにも日本の政治家らしく判断力がない。


自粛の要請があってから一ヶ月が経ち、電車の人身事故が急激に増えた。一週間に50件以上の人身事故があり、中小企業の失業・倒産が原因で自殺者が急増しているという話である。


そんな中、東京では有名人のウイルス感染者まで現れて騒ぎが大きくなっていた。助かった人もいれば助からなかった人もいる。


ウイルス感染のまま亡くなった場合は葬式ができず、隔離された状態のまま火葬して埋葬されてしまう。家族が患者の近くで最期を看取ることはできないのだ。


東京の病院の5階にある家族がいた。

ガラス張りの隔離部屋の中に詩織しおりという36才の主婦が患者衣を着てベッドで横になっている。口元には人工呼吸器が取り付けられていて非常に息が苦しそうだった。


ガラスの前で40才の夫の哲也と高校生の16才の娘・芽衣が見守っている。あとから詩織と仲が良かった同級生の遥もお見舞いに来て、芽衣の同級生の涼君と美咲ちゃんも駆けつけた。

夫の哲也がお見舞いに来てくれたみんなに深々と頭を下げてお礼を言った。


哲也「皆さん、本当にありがとう。きっと向こうから、みんなの姿は見えているから詩織もきっと喜んでくれているよ」


みんなの目から今にも涙がこぼれ落ちそうだった。娘の芽衣はこらえきれず泣きじゃくっていた。集まったみんなは病院からの重篤じゅうとくの知らせを受けて駆けつけたのだ。


哲也は芽衣の肩を手でそっと撫でながら無言で傍に立っていた。涼君と美咲ちゃんも子供の頃からお世話になったおばさんが重篤になって心配そうに見つめている。


詩織の同級生の遥も手で顔を押さえて泣きはじめた。もうどうすることもできず無力感に襲われているようだった。


ガラス越しに見えるベッドに横になって人工呼吸器をつけた詩織とその周りでマスクとゴーグル、ビニールの手袋をした看護師たちが慌ただしく動き回っている姿を見ると限界が近いことはわかっていた。


誰も言葉にしないが死期が近いことは悟っているのだ。


ガラス越しに見える看護師たちの動きが止まった。みんなが詩織のほうを見つめている。もしかして・・・・。イヤな予感がする。


芽衣の携帯にLINE通知が入った。それは詩織からだった。


詩織「哲也さん、ありがとう。あなたと結婚できて私は幸せだったわ。

そして、芽衣。あなたはこれからも強く生きなさい。お母さんのことは心配しなくていいからね。涼君と美咲ちゃんと仲良くしなさい。2人はずっとあなたの友達よ。

遥、いつも私のことを心配してくれてありがとう。あなたは最高の友達だったわ。私の誇りよ。最後にお別れの言葉が云えなかったけど本当に感謝しているの。

娘の芽衣が間違った方向に進みそうになったら注意してあげてね。あなたになら任せられるわ」


重篤になる前に詩織はLINEにメッセージを打ち込んでいたのだ。そのメッセージを最後に娘の芽衣に送った。


もう自分は助からない。最期に伝えたいメッセージを最後の力を振り絞ってLINEのメッセージに託したのだ。自分のことよりも家族や友達のことを考える。詩織は優しくて家族愛に溢れた女性だった。


ウイルス感染した患者には面会することができない。直接、会って話すこともお見舞いの果物を渡すこともできない。そして、亡くなった患者は家族と再会することもないまま静かに火葬されることになる。お通夜やお葬式もできず日本人の文化・風習の面からも精神的に酷だった。


生物兵器は予期せぬタイミングで人々の心をえぐりながら拡散を広げていく。大切な家族や友人の命を奪いながら人類を侵食する。


悲しい別れが世界中で起きていた。

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