32日目 【バリケード】

中国の山間やまあいの小さな街にある研究所は国からの指示で臨時休業になっていた。

この研究所で生物兵器のウイルスに感染したチャンはそれほど大きな症状はなく、軽症のまま完治している。しかし、ウイルスの感染が街全体へ拡がり、とうとう他の都市にまで感染が拡大してしまっている。


感染源が自分であることを研究所で働く研究員や特別医療班のメンバーに知られてしまっているのでどこかへ逃げなければいけない。チャンは自分の身がどうなるのか不安と恐怖で夜も眠れなくなった。


研究所が臨時休業する前にチャンは姿をくらませた。身の危険を感じて失踪したのだ。

「このままでは自分は国に消される」とチャンは強く思った。


絶望に近い恐怖をいだきながら、中国から他の国に渡航したようだ。

チャンが生物兵器であるウイルスに初感染した日から32日が過ぎた。


山間やまあいの小さな街だけではなく、隣の街や大都市にまでウイルスの感染がまたたに拡がり感染者の数は爆発的に増えていった。


一部の報道関係者がインフルエンザのようなウイルスの感染者が突然現れたと報じている。マスコミが騒ぎ出したときにはもう手遅れだった。


徐々に騒ぎは大きくなり、とうとう山間やまあいにある小さな街と隣の街はバリケードが敷かれて閉鎖されてしまった。


街の住人たちはそれでもバリケードを越えて他の街に行こうとしていた。

バリケードの後ろで待機している軍隊の姿が見える。何か様子がおかしい。

軍隊をまとめる中佐がスピーカーでバリケードを越えて来ようとする街の住人に警告を発した。

その警告を無視してバリケードを越えて進んで来る街の住人の前に軍人たちが立ちはだかる。


軍人を払いのけようとした街の住人に1人の軍人が発砲した。パーンっという大きな音が鳴り響くと周りにいた街の住人たちの動きが一瞬止まった。


撃たれた人はその場に倒れ込んで体から血が流れ出した。


それを見た周りにいた街の住人たちはバリケードのほうへ後ずさりしてゆく。銃で撃たれた住人はその場に倒れ込んだまま動かなくなった。


中国ではよくあることなので”みんなそれを知っている”のだ。人の命が軽く扱われる国だと事件や事故があるたびによく云われている。


動画配信サイトで中国の一般市民が政府の悪巧みを公言すれば、必ずその人物は行方不明になり、帰らぬ人となる。


どんなに軽い犯罪であっても政府の目に止まれば死刑になる。


ウイルスが大都市にまで拡がったために中国政府は強行作戦に出ている。

現時点では数千人の感染者という報告だったが無自覚で感染を拡大させている感染者がたくさんいるのだ。


学者の計算ではあと2日で1万人を突破するだろうという予測であった。

軍隊は都市封鎖をするためにバリケードの数をどんどん増やしている。


小さな街を閉鎖すると同時に都市封鎖の準備を進めているのだった。


中国の研究所から生物兵器であるウイルスが漏れたという情報は海外でも既にウワサされていた。


米国は、その研究所の位置まで正確に把握して、ウイルスが漏れる前から生物兵器の研究施設であることも突き止めている。


戦争でもなんでもない日常でまさか生物兵器を研究している国で、研究している生物兵器が外の世界に漏れるなど誰も想像できなかったはずだ。


これこそがまさに本当の戦慄である。

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