16日目 【忍び寄る悪魔】

チャンの様体は、すっかり良くなっていた。しかし、研究所からの指示で自宅待機を命じられている。


どうやら特別医療班からウイルス感染者が出たようだ。さらにチャンが住んでいる街でもウイルスの感染者が数人出ていた。


これは一体どういうことだろうか?


化学防護服が破れていることに気づいたのが遅かったのだろうか?


きっとそうだ。チャンは思った。

化学防護服が破れてから数日が過ぎていたのだ。そのため感染してから体内で潜伏していたウイルスは増えて、拡散されていたのだ。


いつもの日課で立ち寄っている飲食店やコンビニでも人との接触はある。

体の具合が悪くなる前に、既にウイルスはチャンの体内にいたのだ。


目に見えない生物兵器であるウイルスは忍び寄る悪魔である。まったく無自覚で恐怖感もなく人に感染させてしまう。


自分が感染源になり、そのウイルスを拡散したことでやっとチャンは自分がやっている事の重大さに気づいた。


今までがんばって勉強をしてキャリアを積み上げ、医療と科学が好きでずっと研究を続けて来たが、どこの研究所も研究費で資金が圧迫され生活が困難なため、国に支援を要請していた。

しばらくすると国がチャンの要請に応えてお金が十分にある研究所を紹介してくれたので、やっと安定した収入がある研究所に就職できたところだった。


しかし、チャンが今まで研究していたのは栄養ドリンクや体の機能を良くするものだった。


まさか国家機密のプロジェクトで生物兵器を研究しているところに自分が就職するとは夢にも思っていなかった。


大きく人生の設計図が狂い、誤った方向へ進んでいることには気づいていたが、しかし、十分すぎる収入があるため辞めるに辞められなかった。


その結果、自分が感染源になり生物兵器であるウイルスを撒き散らすという散々たる結果を招いてしまった。


後悔の念と虚しさがチャンの心を駆け巡る。


もうすべてが手遅れなのだ。忍び寄る悪魔は増殖して、どんどん人から人へ感染を拡大させてゆく。


感染源と感染者が病院に集中した事故のときとは違い、今回は不特定多数にウイルス感染が拡がっている。


潜伏期間とどれぐらいのレベルで感染力があるのか不明なままだ。


忍び寄る悪魔は今まさに人々の生活に陰を落とし始めた。

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