なんか姉ちゃんが、ストレス解消する。

「あー、なんかイライラするなー」


ソファに座った姉ちゃんが、唐突に口を開いた。

姉ちゃんの機嫌が悪いことは所作から八割がた検討はついていたが、残り二割もきっちりと言葉にして補強してくれた。


「髪切ろっかなー。イライラするから」

「えっ、髪切んの?今から?」

「うん。今切る」

「まだいいと思うけどな。そんなに伸びてないでしょ」

「伸びたとか関係ないんだよ。気分転換に切るんだから」

「えー、早くないかな」

「家で切るしタダなんだから、いつ切ってもいいだろ。わたしが切りたい時に切ればいいんだよ」

「まあ、いいけど別に……切っても」


もちろん、僕の髪の毛の話である。

前に一度、不意打ち的に姉ちゃんに髪の毛を切られて以来、姉ちゃんが僕の髪切り担当になった。

姉ちゃんは月に一度、僕から要請を受けた時、あるいは自分が何かを切り刻みたくなった時に、僕の髪の毛にハサミを入れるのだ。


「さあ切ろう、滅多切りにしてやろう」

物騒なことを言いながら、姉ちゃんはハサミとテレビのリモコンを用意した。

「え、ちょっと待って。テレビ見ながら髪切るの?」

「うん」

いや、うんではなく。集中してくれよ、散髪に。

「お前も見ろよ、このドラマ。毎回予期せぬタイミングでバタバタ人が死ぬから、一回見始めたら一秒もテレビから目が離せなくなるんだよなー」

一秒もこっち見ないで髪切る気なんか。


「まあ、いいから切るぞ。どんなふうにしたい?」

「……じゃあ、前回と一緒で」

「おっけー。一人目の犠牲者が出る前に切り終えてやるからな」

そのタイミング、姉ちゃんがどうにかできるの?


そんな具合で、姉ちゃんによる散髪が始まった。

僕は髪を切られている時、目をつぶる癖があるので、閉じた視界の左右からチャキチャキと鳴る髪切りバサミ小気味良い音と、

「おー、この女優さんバチクソ綺麗だなー」

「はー、爪痕残してやろう系の役者が三人集まると、シーンが地獄になるなー」

「うわ、この男優露骨に怪しいじゃん!」

姉ちゃんのドラマ実況が絶え間なく流れ込んでくる。

てゆーか、本当にドラマ見ながら切る気なんだな、姉ちゃん。


「お、BGM変わった。ヤバい、そろそろ誰か死にそうだな。あ、死んだ…………………よし、終了」

「嘘でしょ!ホントに終わるの!?切れてる、ちゃんと?」

「切れてる切れてる」

「中途半端で終わってない?」

「大丈夫だって、ほれ、見てみろ」

自信満々鏡を寄越してくる姉ちゃん。

確かに、ちゃんと切れているように見える。

バーバー姉ちゃんの特徴を三つ上げるとすれば、まず第一に仕事が早い。


「何か大分短くなってない?前と一緒って言ったはずだけど」

「うん、思い切って短くした」

第二に、客の注文を全く聞かない。


「で、どうだ?仕上がりは?何か文句あるか?」

「……………全くない」

第三に、やたらと腕がいい。

何をしながら切ろうが、どのタイミングで止めようが、文句のつけようがないです、お姉さま。次もよろしくお願いします。


姉ちゃんはやっぱり、すごいと思う。














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