なんか姉ちゃんが、字では表しにくい話をする

「姉ちゃん、漫画返すわ」

「おう、どうだった?」

「うん。面白かった」

「そうだろうとも。本棚入れといて」

「んー」


姉ちゃんの部屋には、大きな本棚が壁一面を埋めるように置かれている。

そのほとんどが小説やエッセイで漫画はごく一部、そのわずかなスペースへ借りた漫画の最新刊をねじ込むわけだが……。


「えーっと……姉ちゃん。これは他の本と同じ置き方でいいんだよね?」

「そうそう。ちゃんと周りと同じふうに置けよ」

「………」

「同じようにだぞ。同じように置けよ」

「……はい」

なんか、すごいアピールしてくるな。

そろそろ触れないといけないのだろうか。姉ちゃんのこの、妙な本棚に。


姉ちゃんはひっきりなしに本を買うので大体は読んだらすぐに捨ててしまう。

姉ちゃんの本棚に収まることができるのは、よほど気に入った作品か、名のある名作達ばかりだ。

夏目漱石、村上春樹、サリンジャー、ヘミングウェイ等々、名前は知っているが一回も読んだことのない作家の作品群が本棚の端から端までを埋めている………上下逆さまに。


「あのさあ、姉ちゃん」

「なんだよ」

「なんで本を上下逆に収納してるの?」

「なんだなんだ、気になるのか?」

「……うん」

だって、すごく言いたそうにしてるし。


「この置き方はな、効率を追及した結果なんだよ」

人差し指をピンと立て、上機嫌で解説を始める姉ちゃん。

「ぎゅうぎゅうの本棚から本を引っ張りだして読む時ってさ、人差し指を本の上の角にひっかけて、一部をちょっと引き出してから、改めて手で掴んで引っ張り出すだろ?」

「あーっと……うん、そうかな」

「でも、それだと手間だし、時間がかかるだろ」

かかる……かなぁ……。

「でも、本を上下逆に置いておくと、一手で本が引っ張り出せて、瞬間的に読み始められるんだよ」

瞬間的に?本を読む?


「見てろよ」

姉ちゃんは、立てっぱなしの人差し指を、本棚の中の一冊にひっかけた。

(背表紙)『こころ 夏目漱石』

姉ちゃんが敬愛する夏目漱石の、『石』側の角に指を引っかける形になる。

「で、そのまま引っ張りだすとぉー」

上下逆に置かれた文庫本は、『こころ』の『こ』側の角を支点にして半回転して落ちてくる。

「それを左手でキャッチしたら、ほら!本は、上下正しい位置で、しかもページが開く側が自分に向いて手に収まるだろ?」

「ん?……うん……」

「そして、読む!!」

本棚の目の前で一心不乱に本を読み始める姉ちゃん。

正直、何をやっているのかよくわからない。


「な、これで一秒でも早く本が読めるんだよ」

「ああ……うん」

「新発見だろ?むしろ、これが正しい置き方とすら思うだろ?」

「んん?……うーん」

「お前もやってみろよ」

「……考えとくわ」

「絶対やらないだろ、その感じ!」

「考える考える」

「一回やってみろって!」

「うん、考えてる考えてる。今、考えてるから邪魔しないで」

熟考に熟考を重ねつつ部屋を出た。


翌日。

「ただいまー」

家に帰ると、いつものように姉ちゃんがソファに横になっていた。

読みかけの文庫本をお腹の上に乗せて、気持ち良さそうに眠っている。

姉ちゃんは読書と同じくらい寝るのが好きなので、本を読んでいる最中でも割合すぐに寝てしまう。

「………」

一秒でも早く本を読みたがるくせに、眠くなると躊躇なく寝るのが姉ちゃんの読書スタイルだ。


まあ、本くらい好きに読めばいいんだけど……。


それでもちょっと、うちの姉ちゃんは変だと思う










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