なんか、姉ちゃんが克服する

「よし、リング見るか」


夕飯後、ソファにあぐらをかいていた姉ちゃんが思い立ったように太ももを叩いた。

「しょうがない。見るしかない、リング。満を持して見るしかない。仕方ない。この流れはもうしょうがない」

誰も何も言っていないのに、姉ちゃんは誰かに向かって一人で決意表明を続けている。

「だって、さっきもさ、わたし冷奴に山椒かけて食べただろ?」

「…………」

「……なあ!」

「………ん?僕に言ってる?」

独り言じゃなかったのか。

「お前意外誰がいるんだよ!さっきの晩御飯の時!わたし冷奴に山椒かけて食べてただろ!」

知らんわぁー、それは。

「わたし山椒苦手じゃん?」

それなら知ってる。

「それなのに豆腐にかけて食べたんだよ。なんでかわかる?」

こんなにわからないことも早々ない。

「わたしさ、ちょっと前からさ、苦手克服運動をやってんの。一昨日もカナブンが家に入ってきたことあっただろ?」

「あったっけ、そんなこと」

「いつものわたしならキャーキャー逃げてるところだけど、一昨日のわたしはどうだった?思い出してみ?」

……あったかな、そんなこと。

「逃げずに立ち向かったんだよ。カナブンから逃げず、じーっと見てた」

見てた?

「母さんが捕まえて外に逃がすまでちゃんとずーっと見てたんだよ」 

ちゃんと?

「これはもう勝ちだよね。カナブンという苦手を克服したんだよ、わたし。どう思う?」

………あったかなぁ、そんなこと。

「その流れで今日はホラー映画だよ。苦手なホラー映画を克服する時が来たってことだよ」 

「はあ、そうなんすか」

「だから、はい、今から見るぞ。電気消して。スマホも没収な」

「いや、僕も見るんかい!」

「当たり前だろ!」

絶対に当たり前ではないだろう!


自慢じゃないが僕のホラーキャパシティはオバQでギリだ。そこから10分、乱闘も辞さない覚悟で人生最大の抵抗を試み、『リング』の上映会は始まった。


リング。

言わずと知れたジャパニーズホラーの金字塔。今さら知らない人もいないと思うがざっくりとストーリーを説明すると、呪いのビデオを見た人を貞子が殺しに来る話。

なので当然、呪いのビデオが出てくる。

呪いのビデオの映像が、映画の中で実際に流されるのだ。


………正直、いい気分はしない。

わかっている。もちろん、これは作り物だ。

呪いのビデオなんて、監督がこの映画のために作成しただけの創作物。見たからってうちのテレビから貞子は出てこないし、呪い殺されるはずもない。そもそも現実世界で連続殺人が成立している時点で、呪いなんて存在しないと証明されているのだ。だから、見たところで問題はなにもない。


それでもやっぱり見たくはない。

殺されないとわかっていても、呪いのビデオは見たくない。

でも、ちょっとでも目を反らそうものなら、


「ちゃんと見ろよ!」


姉ちゃんが横で見張っている。

隙をみて目をつぶろうとしても、


「目ェつぶるなよ!」


やっぱりすぐに姉ちゃんに見つかってしまう。

姉ちゃんは僕の真横で、片時も目を離さず僕の横顔を監視している………って、あー、見てない!見てない!姉ちゃん、呪いのビデオ全然見てない!


「呪いのビデオが終わったら教えて」

信じられない。

自分から見ようって言い出したのに。何が苦手克服だよ。

姉ちゃんはこういうことをする女だ。

もちろん、後半のクライマックスでもバッチリ目をつぶっていた。


うちの姉ちゃんは、やっぱり変だと思う。








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