なんか、姉ちゃんが救う

「よし、そろそろいいかな」


いつものようにソファで足を組んでいた姉ちゃんが、パタンと文庫本を閉じた。

そして、レコーダーのリモコンを手に取り、録画一覧の中から現在録画実行中の番組を選んで再生ボタンを押す。

「よーし、頑張れ!絶対に勝つぞ!」

さっきまでのだらけた雰囲気はどこへやら、姉ちゃんはまるでベンチに陣取る控え選手のように手を叩き、前のめりに座りなおした。


周囲にはひた隠しにしているが、姉ちゃんはスポーツ観戦が大好きだ。野球、テニス、バレー、ゴルフと何でも見るが、なかでも一番のお気に入りは、

「おお、433か。いいよいいよ。普通でいい。変なことしない方がいい」

……サッカーである。

ただ、やはりそこは姉ちゃんなので、その鑑賞方法は少々独特だったりするのだけど。


まずLIVEでは見ない。

それが重要な試合であればあるほど録画で見る。今日みたいに生中継が見れる時間帯のキックオフであっても、いったん録画し、10分なり20分なり経過してから追っかけ再生で見始める。

「お、チャンス!あー、オフサイドかあ。マジかー」

その理由は、第一に自分の好きなタイミングでリプレイが見られるから。気になったシーンは何度も巻き戻し、スローまで使って確認する。

「あー、足出る。よく見てるなあ、イタリアの審判は」

そして、第二の理由は………


「うわー、やられたー。くっそー。早いってー」

あ、なんて言ってる間に先制されたし。

押し込んでるかと思ったらまさかのカウンターじゃん。

姉ちゃんは悔しそうにソファを叩くと、

「……よし、行ってくるわ!」

再生をストップして立ち上がった。

ああ、やっぱりやりますか。今日も……。

そう、これが姉ちゃんが録画でサッカーを見る第二の理由。

曰く、ゲームの『流れ』を変えられるから、である。


……ちょっと今から変なこと言いますんで、覚悟してくださいね


サッカーに限った話ではないけれど、スポーツには流れが重要だ。

贔屓のチームが先制された時、あるいはチームのエースが負傷退場した時、ピッチに漂う嫌な流れを察した姉ちゃんは大胆に試合を止めてしまう。

そして、風呂に入る。

熱いシャワーで、胸の中のモヤモヤや嫌な流れをさっぱりと洗い流し、すっきりリフレッシュしてから改めて試合を再開させると、案外逆転したりするんだぞという、もはや魔術や呪いの類いである。


……ね、変なこと言ったでしょ。

そういう姉ちゃんなんです。


「ふう、さっぱりした」

なんて言ってる間に、姉ちゃんがホカホカになって帰ってきた。

「よし、行くぞ!流れはわたしが変えたからな!絶対追い付くぞー!」

そして、濡れた髪を拭きながら、また新鮮なテンションで応援を再開する。

……すごいな、この人。


「ん? なんだよ。何か言いたいのか?」

別に何も言ってないですよ、僕は。

「お前まさかまだ、わたしの戦術を疑ってるのか?」

せせせ、戦術?

入浴が??

「あのなあ、これだけは言っとくぞ。わたしだだってな、自分が変なことしてるって自覚はあるんだよ」

「あるんだ!よかった」

「でも、実績があるんだからしょうがないだろ。わたしがこのやり方で何回チームを救ったと思ってるんだ」

きっちり0回だよ、多分。

選手が戦ってる間に風呂入るやつは、誰も何も救えないんだよ。


「って、言ってる間に抜け出してるし!チャンスチャンス!」

え、マジで?

「いけー!決めろ決めろ、絶対決めろ………はい、ゴール!見たか?変わっただろ、流れが!」

マジかよ、何で変わるんだよ、流れ。

そこは踏ん張れよ、流れ。

「よーし、このまま逆転するぞ!攻めろ攻めろー」

楽しそうにスポーツ見るなぁ、姉ちゃんは。

「流れはわたしに任せとけー」

運命の女神にしか言えないセリフを……。


とにかく、これが姉ちゃんが録画でサッカーを見る理由である。

最近は一時停止に加え、二倍速も駆使してゲームに干渉するようになってきた。


相手チームがフリーキックのチャンスを得た時、姉ちゃんはキッカーが助走に入ったタイミングで二倍速度のボタンを押すのだ。

蹴る寸前でテンポアップを強いられたキッカーのシュートは大きく目測を誤り、枠を外れてぎゅーんと彼方へ飛んでいくとか、まあなんか、そんな感じのことらしい。


うちの姉ちゃんは、やっぱり変だと思う。








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