なんか、姉ちゃんが化粧水を返す
「姉ちゃん、化粧水返して」
今日も今日とてソファで横になる姉ちゃんを見下ろして、僕は言った。
僕は生まれつき肌が乾燥しやすいたちなので、小さい頃から母さんお手製の化粧水を愛用している。
肌に問題のない姉ちゃんは、ドラッグストアの化粧水をちょこちょこと変えながら使っているのだけれど、たまに思い出したように母さん化粧水を使いたがる。
「え、わたし借りたっけ?」
そして、必ず借りたことを忘れる。
「貸したって、昨日」
「全然おぼえてないわー」
もう。
だから、部屋に持っていくなって言ったのに。
「……いや、待てよ。借りたかな?」
貸したんだって。
「うん、思い出した。借りたわ。ありかも思い出した、B地点とD地点の間だわ」
そうんなんすか。
「ベッドのBと机のDな」
知らん知らん。
「使いたいんだけど、返して」
「……………わかった」
少しの逡巡を挟んで姉ちゃんは立ち上がった。
二階に上がるのはメンドクサイけど、部屋に入られるのはもっと嫌、おそらくそんな鬩ぎ合いが姉ちゃんの脳内であったんだろう。
そして、一分後。
『部屋の前に置いてといたから取りに来て』
とLINEが届く。
いや、なんで僕が取りに行くんだよ。持ってきてくれよ。まったく、姉ちゃんに物を貸すとろくなことがない。
ブツブツと文句を垂れながら階段を上がる。
化粧水のボトルは廊下にあった。姉ちゃんの部屋の扉にピッタリとくっつくように置いあったブルーのボトルを拾い上げ、また階段を下る。
「ん?」
そこでふと足が止まった。
「………あれ、姉ちゃん?」
「どうした?」
扉の閉じた部屋の中から姉ちゃんの声がする。
「………部屋にいるよね?」
「いるねぇ」
「……………………………」
じゃあ、どうやってこのボトルを置いたんだよ。
姉ちゃんの部屋の扉は外開きだ。部屋の中から廊下に向かって開く。
当たり前だが部屋に入って扉を閉めたら、扉の外には物は置けない。扉を閉める前に置いたとしても、外開きの扉なので扉にくっつくようにピッタリとは置けない……はず。
「え、なにこれ? どうやって置いたん?」
「…………気になる?」
「気になる」
「……教えて欲しい?」
「欲しい」
「……………」
「……………」
「だめ」
「姉ちゃん! 教えてくれよ、マジで!どうやって置いたんだよ」
「ふー!ふー!」
「姉ちゃんって!」
「へいへいへーい!」
「マジでマジで。お願い。ヒントだけでも!道具とか使った感じ?」
「………道具?」
「……うん」
「道具か……」
あれ、使ったの?
「まあ、この二本の腕を道具と見立てるならば…………使ったことにはなるだろうねぇ」
「もういいから!マジで教えてって!どーやったん?」
「教えてください、御姉様……は?」
「教えてください、御姉様!」
「お断りです、弟君」
「あー!」
本当に姉ちゃんに物を貸すとろくなことがない。
うちの姉ちゃんはやっぱり、変だと思う
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