なんか、姉ちゃんが表彰された
姉ちゃんの読書感想文が表彰されることになった。
知事賞だか市長賞だか、そんな感じの賞らしい。
普通にすごい。てゆーか、読書感想文に賞とかあったのか。
「すごいわねー。てか、読書感想文に賞とかあったのねー」
夕食後、母さんは四回いらないと断ったリンゴを剥きながら、僕と同じ感想を吐いた。
「お姉ちゃん、何の感想文書いたんだっけ? サリンジャーの……ライ麦?」
「………『ライ麦畑でつかまえて』の村上訳と野崎訳の比較について」
それ感想文なのか?
「すごいわねー」
母さんはとにかく嬉しそうだ。
「……ああ、嫌だな」
しかし、姉ちゃんはなぜだかずっと浮かない顔。
「表彰式行きたくないなぁ………お前わたしのフリして行ってくんない?」
「いや、無理だよそんなの」
「わたしの名前よく男に間違われるしさ。ワンチャンあると思う」
ないない。全然ない。つーか、何でそんなに行きたくないんだ。
「だってさ、わたし県知事賞なんだよ。一番上の賞なんだよ」
おお、なんだ。自慢か?
「ってことはさ、下の賞のやつらから『ほほー、あなたが県知事賞様ですか?さぞかしご立派な感想文書かれたんでしょうな~~』って目で見られるってことになるんだぞ」
ならんだろ、そんなことには。
「なるんだよ。読書感想文なんて書くやつらは、みんなプライド高くて、自分以外全員バカだと思ってる高慢な陰キャに決まってるんだから」
自己紹介か、姉ちゃん?
「わたしだったら絶対そう思うもん」
ああ、自己紹介だった。
「あー、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。行きたくないー」
「そんなに嫌なら辞退すればいいじゃん」
「………いや、賞は欲しい」
なんなん、この人。
「賞状だけ郵送でもいいんだけどなぁ。あー、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だー」
「うるさいなあ!どうせ行くんだから、嫌々言うなよ」
「ちょっと、大きな声出さないでよ。お姉ちゃんが賞取ったのに、なんであんたずっと怒ってるのよ。変な子ねえ」
母さんがリンゴを齧りながら僕を睨んだ。
………変か。そうだよな。
我ながらみっともない話だが、僕は姉ちゃんに嫉妬している。
なんだよ、県知事賞って。ヤバいじゃん。
姉ちゃんが優秀な人間だということは、わかっていた。
読書家だし、勉強家だし、普通に成績良いし。わかっていたけれど、こうして目に見える形で差を示されると、弟としては複雑だ。姉ちゃんが手の届かない存在になってしまったようで、胸の奥がギュッと縮む。
「………なあ」
居心地の悪い沈黙を姉ちゃんが破った。
「お前が面白いって言ってた漫画、一巻読んだぞ」
「………え? ああ、そう」
「二巻も読むから持って来て。すぐ」
「……わかった」
「漫画くらい自分で取に行きなさいよ。あんたもお姉ちゃんの言いなりねえ」
母さんの呆れた声を背中に浴びながら僕は居間を出た。
言いなりか。
まあいつもはそうかもしれないけれど、今回はちょっと事情が違う。
非常に分かり辛いけれど、姉ちゃんは僕のことを慰めようとしているのだ………多分。
己のセンスに絶対の自信を持つ姉ちゃんは、普段から僕の選択を小馬鹿にしており、僕が良いといったものを素直に褒めることはほとんどない。そんな姉ちゃんが僕の薦めた漫画の続きが読みたいと言う。
これはつまり、姉ちゃんなりに僕の機嫌を取ろうとしてくれているのだ………多分。
僕の複雑な心内に気付いていたのだろう。そこはやはり、姉弟だから。
本当は嬉しくてしょうがない受賞を嫌がって見せてるのも、もしかしたら………。
部屋に戻って本棚から漫画を引き出す。
二巻から姉ちゃんの大嫌いな下ネタ路線に急速に舵を切るこの漫画、見せたら多分怒られるけど………まあいいや。
どんな感想が返ってくるか、楽しみだ。
二時間後、姉ちゃんは髪の毛を振り乱して、オーバースローで漫画を投げ返して来た。
非常に分かりづらいけれど、姉ちゃんは実は優しい。
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