なんか、姉ちゃんが髪切った
「あー、髪の毛切りたいな―…………よし、切るわ」
夕食後、居間でごろごろしていたら突然姉ちゃんが断髪を決意した。
「なあ、どう思う?」
「え? あー、うん………いいんじゃない?」
「じゃあ、ハサミ取って来て」
いや、今切るんかい。
「明日美容院行けばいいでしょ。何も自分で切らんでも………」
「いーや、一刻も早く切りたい。ずっと思ってたんよね。長すぎるし、鬱陶しいし、汚いし………明日まで待てない」
姉ちゃんは心底不愉快そうに、固くて黒くて多くて長い髪の毛をかき上げた。
僕が物心ついた頃から姉ちゃんの髪は長かった。
小学六年の春に発作的に短くした時を除いて、姉ちゃんは人生の大半をロングヘアーで過ごしている。姉ちゃん自身折に触れて幽霊みたいだ表現する髪の毛だけど………汚くはないだろう。
「ハサミ持って来て、早く」
「ああ……うん」
急かされて重い腰を上げる。髪切りバサミは収納棚の一番上、銀色の取っ手に指を通して少し持ち上げ、
「姉ちゃん………」
「ん?」
「切らなくてもいいと思うわ」
またハサミを元の位置に戻した。
「は? 何言い出してんの急に」
「別に長すぎないしさ……」
「いや、長いでしょどう見ても」
「鬱陶しくもないし、汚くもないじゃん」
「え? なんなんお前。それはわたしが決めることでしょ」
姉ちゃんは僕が反発することに慣れていない。慣れていないから口応えをされると露骨に機嫌が悪くなる―――のだけれど。
今回ばかりは姉ちゃんが正しい。髪を切るも切らないも全て姉ちゃんが決めてしかるべきことだ。
「早く持って来いって」
………うるさいなぁ。
絶対言ったりはしないけど、僕は姉ちゃんのロングヘアーが似合っていると思う。
黒くて艶々の髪の毛が、綺麗だと思う。僕の中で姉ちゃんという生き物はロングヘアーでフィックスされている。一度短くした時なんて一週間まともに姉ちゃんの顔が見られなかったくらいだ。そんな気持ちを姉ちゃんは知る由もないだろう。
だって言っていないから。これからも一生、言うつもりはないから。
何で急に切りたいなんて言い出したんだよ。
……まさか藤代か。
いつぞやに姉ちゃんがLINEで誤爆したあの藤代が、ショートヘアが好みだとか言ったのか。
「早く!」
「わかったよ!」
どうにでもなれ、そんな気持ちでハサミを掴んで手渡した。それこそ、姉ちゃんが決めることだ。
「あとゴミ袋持って来て、二枚な」
言われるままに台所から黒いゴミ袋を引っ張り出し、一枚を床に敷き、もう一枚は切り目を入れて合羽にした。
「よし、バッサリ行くか」
そう言うと姉ちゃんはチャキチャキと刃を合わせ、
「動くと怪我するぞ」
躊躇なく僕の前髪にハサミを入れた。
「いや、僕を切るんかいっっ!!」
「おい、動くなって」
「いや、おかしいおかしい。なんで僕の髪切ってんの?」
「だから………長すぎるし、鬱陶しいし、汚いから」
それ絶対に僕が決めることだろう!
宣言通り、バッサリ行かれた。
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