なんか、姉ちゃんが落とし物した


「なあ、わたしの財布見てない?」


学校から帰ると、食卓の椅子に座っていた姉ちゃんに呼び止められた。


「財布……? 見てないけど」

そもそも姉ちゃんの財布の姿形すら知らないけど。

「そうか、落としたかもしれないな……」

マジか、姉ちゃん。

「ヤバいじゃん、いくらぐらい入ってたん?」

「……60円とか70円とか」

マジか、姉ちゃん!


「じゃあ、まあ……よかったね」

「よくないわ! カード入ってるんだぞ」

机叩かないでくれよ、怖いなあ。

「カードって銀行のキャッシュカードってこと? 暗唱番号あるんだから大丈夫だじゃない? すぐバレる番号とかじゃないんでしょ?」

「……誕生日にしてる」

アホか、姉ちゃん!

今時カードの暗証番号誕生日にするやつなんかいるんかよ。


「1015ってこと? えー、それってヤバくない? いや、でも姉ちゃんの誕生日知ってるくらい近しいやつでカード盗むやつなんていないだろうし……」

「あ、違う」

「いるんかい!」

「いや、そうじゃなくて。番号、1015じゃないから」


…………ん?


「いや、誕生日って言ったじゃん、今」

「うん」

「だから、1015じゃん」

「だから、違うって」

怖い怖い、何言い出してんだ。

姉ちゃんの誕生日は10月15日じゃん。


「誕生日って言っても、ほらあれだから…………理想の誕生日の方だから」

怖い!怖い! 何言い出してんだ!

姉ちゃんがもう、また、わからん!


「ちょっと……わかんないわ、姉ちゃん。理想の何って?」

「だからさあ、誰しも理想の誕生日ってあるでしょ」

ない。

「わたしはその理想の誕生日を暗唱番号にしてるのよ」

じゃあ、一生大丈夫だよ。無軌道な四桁の数字なんだから一生突破されないよ。


「あのー、とりあえず銀行に連絡してカード止めてもらったら?」

「そうしよっかな……」

「じゃあ、もう部屋行くわ」

「ああ、ちょっと」

「……何?」

「お前の理想の誕生日って、いつ?」

 広げる気か。ないよ、この話に先なんか。

「別にないよ理想とか。誕生日にこだわりとか全くないから」


「ふーん」

 そう言うと、姉ちゃんはちょっと唇を突き出して眉根を寄せた。

「じゃあ、お前3月20日でもいいの?」

「……は?」

「誕生日、3月20日でもいいの?」

「…………」

「はい、明日からあなたの誕生日は9月7日ですーって神様に言われて、お前受け入れられんの?」

「…………」

 あー、もう。くそう。


「なんか嫌だわ」

「なんか嫌だろ?」

 うわー、なんか嫌だ。何、この気持ち。誕生日にこだわりなんてないと思ってたけど、変えられると絶対嫌だ。姉ちゃんと話していると、たまにわけのわからない真実に気付かされるから恐ろしい。


「だからさ、誕生日変えなくちゃいけなくなった時に備えて理想の誕生日ストックしておいた方がいいぞ」

「備えないよ、そんな時には。もういい? 部屋行くし」

「行くなって」

「なんだよ、もう!」

「わたしの理想の誕生日聞いていけよ」

 そうだったね! マナーがなってなくてごめんなさいね!


姉ちゃんの財布は、鞄の中に普通にあった。







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