なんか、姉ちゃんが悪戯する
「うわ、ここにもあるし!」
食器棚からグラスを取り出して、声が出た。
グラスの飲み口に猫のシールを見つけたからだ。
シールと言っても大したものではなく。ただ単にコピー用紙に鉛筆で描きつけた猫をハサミで切り抜いて、丸めたセロハンテープでくっつけただけの雑な代物だ。
……そんな雑な猫シールが朝からわらわら湧いて出てくる。
スマホの画面に始まり、眼鏡のブリッジ、電気のスイッチ、時計の文字盤、部屋のドアノブ。日曜の朝からこんなめんどくさい悪戯を仕掛ける人間など太陽系に一人しか存在しない。
「なーお♪」
ソファの上でニヤつく姉ちゃんが、やけにリアルな猫の鳴き真似を発した。
「やめろよ、姉ちゃん。何枚あるんだよ、このシール」
「十匹………」
あと四枚どこかに貼られている。
「そして、もうすぐ十一匹……」
姉ちゃんがチョキチョキとコピー用紙にハサミを入れる。
「増やすなって! もう貼らなくていいから、マジで!」
「まーお♪」
まーおじゃねえわ。切り抜くんじゃないよ、それ以上。
「よし、トラ猫完成。お前、どの猫が一番気に入った?」
「え、どれがどれとかあんの、これ?」
「当たり前だろ、全部違う猫なんだから。ちなみにわたしはブチ猫のメスが結構好き」
「いや、わからんわからん」
オスメスとか言い出したら、もう絶対わからん。
「はい、できた。オスのギジドラ。また貼っとくから」
「もう作るなって! ほんとやめてくれ、マジで!」
どうしよう、姉ちゃんの悪戯は一度ハマると月をまたいで続いてしまう。
これはとてもとても、大きな問題だ。
翌日。
「ただいまー………ぐぇ」
学校から帰った僕を玄関のドアノブに張り付いた黒猫シールが迎えてくれた。
悪戯はせめて家の中に留めてくれ、そう抗議しようと扉を開けると、
「―--うわっ」
たまたま廊下にいた誰かが、バタバタと階段を駆け上がっていいた。
誰かっていうか、姉ちゃんだけど。顔面を破裂しそうなほど赤く染めた姉ちゃんだけど。
ああ、やられた。
本能的に察して覚悟を決めた。ゆっくりと階段を上り、自室の勉強机の引き出しを開ける。
いた。音楽の教科書の真ん中にトラ猫のシール。
その隣の引出しには生徒手帳の上に黒猫のシール。
脇机の一番上の引出しには電子辞書に白猫のシール。
二段目の引出しにはプリント類の上に水玉猫のシール。
そして、一番下の引出しには…………いない。
ああ、もう。最悪だ。本当に最悪だ。だからやめろって言ったのに。
どうしてくれるんだ、姉ちゃん。絶対に僕のせいじゃないからな。
僕は全くもって健全な高校生なんだ。そして、健全な男子高校生の部屋には健全な書物が二冊か三冊あるもんだよ。
不幸中の幸いなのは、たまたまコレクションの中でも一番対外的なヤツが一番上に重ねられていたということだろうか。
「………うぃぃぃぃ」
姉ちゃんの部屋からくぐもったうめき声が聞こえてた。
泣きたいのはこっちだよ。
姉ちゃんは下ネタ全般が、壊滅的に苦手だ。
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