なんか、姉ちゃんがケンカしてる。


「――――――――――――!」



夜、部屋でゴロゴロしていたら下から何やら言い合う声が聞こえてきた。

こっわ。

我が家で言い合いが成立するのは姉ちゃんVS父さんの組み合わせしかありえない。あー、いやだいやだ。この二人の争いには絶対に首を突っ込みたくない。

「………あ」

「―――っ」

などと思いながら恐る恐る扉を開くと、駆け足で階段を上ってくる姉ちゃんと鉢合わせした。

一瞬僕と目を合わせ、無言で自室に引き上げていく姉ちゃん。見間違いでなければ多分泣いていた。


「……あのー、なんかあったん?」

まだ硝煙の匂いがくすぶる居間に滑りこみ、母さんに小声で尋ねてみる。

「あー、お姉ちゃんがねー。また言い出したのよ、ペット」

母さんは耳打ちを台無しにするような大声でそう答えた。

なるほど、そういうことか。

家でペットを飼うことは姉ちゃんの悲願だ。誕生日や記念日など、折にふれて猫を飼いたいと主張しているが、その全てを父さんに跳ね返されて続けている。

「しかも今度は兎がいいんだって。なんなのかなぁ、あの子。猫がダメなら兎とか、そんな思い付きでポンポン生き物飼いたいって言われてもねぇ。どう思う?」

「あー、うん……そうねえ……」

返事を曖昧にして居間から脱出した。


姉ちゃん、また無理だったのか。気持ちはわかるけど、こればっかりはしょうがないよ。なんて思いながら部屋に戻ると、

「――うあっ」

姉ちゃんが僕のベッドに座っていた。

「ど、どしたん?」

「なあ、お前………兎欲しくない?」

直球だな。

「どう? 欲しくない?」

つんと唇を尖らせて、ニコリともせずに問いを重ねる姉ちゃん。

いや、そりゃあまあ、欲しいか欲しくないかの二択なら、欲しいが若干勝つけれど………。

「無理っしょ……うちでは」

「………そう」

またしても返事をぼやかすと、姉ちゃんはそのまま部屋から出て行った。


……なんか責められてる感じがする。

いやいやいや。無理なのはほんとじゃん、だって。

わかるってるよ。姉ちゃんは決して思い付きで言ってるんじゃない。昨日一緒に見たドキュメント番組が頭にあるんだろう。

それはペットショップで劣悪な環境にさらされている動物たちの特集。中でも兎がクローズアップされていたっけ。もちろん日本中のペットショップが報道通りの悪質店であるはずがないが、姉ちゃんは深く感じる物があったらしく、泣いてるような、怒っているような、そんな目でずっとテレビの画面を睨んでいた。

……救おうとしてるのか。せめて手の届く一匹だけでも。

そんなことしてどうなるんだ。たった一匹助けたところでどうなるっていうんだよ。


「あの、父さん……?」

なんて思いながら再び居間に滑り込む。

「ペットはだめだぞ」

早いって。父さんは相変わらず取り付く島もない。

でも頑張った。

粘り強く交渉し、費用は全部自分持ち、部屋から一歩も出さないという条件でハムスターならという言葉を引き出した。


嘘みたいだ。やったぞ、姉ちゃん。ハムだ、ハムだ。

兎でも猫でもないけれど、まずはハムから始めていこう。んで、良い飼い主ぶりを見せつけて徐々にステップアップしていこうじゃないか。

ハム→鳥→魚→兎→猫だ。干支みたいだな。とにかく喜べ、姉ちゃん!

「やったぞ、姉ちゃん!」

勢いこんで姉ちゃんの部屋の扉を開いたら、部屋の中のねえちゃんと、ケージの中の兎が振り返った。


……………………え?


お、おい、姉ちゃん…………なんだ、それ。

「………おう」

いや、おうじゃなく。嘘だろ、姉ちゃん。マジか、姉ちゃん。

侮っていた。姉ちゃんのこういう時の行動力を。

姉ちゃんはこういうことをやるやつなんだ。


「可愛いねぇ、カプリぃ~~」


姉ちゃんは、すでに兎を買い終っていた。

無断で。


うちの姉ちゃんはたまに信じがたいことをする。もちろん、両親には死ぬほど怒られていた。


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