なんか、姉ちゃんが墓地にいる

 我が家の裏には墓場がある。


 小さな墓地だ。入り口に立って右を見れば十体ほどのお地蔵様、前を見れば桜の木、左を見ればひな壇状にズラリと墓石が並んでおり、隙間に姉ちゃんが立っていた。


こっわっ。びっくりした。

何やってんだ、姉ちゃん。学校帰りに。


「し、動くな!」

 なんか怒られたし。

黙っていると、墓石の陰から一匹のトラ猫がぬっと出てきた。

ぼさぼさの毛並みといい油断のない目つきといい、いかにも警戒心の強そうな野良猫だ。

「あらあ、にゃんこねぇ。可愛いねぇ」

そんな野良猫が姉ちゃんの足元にすり寄りまくっている。


姉ちゃんはなぜだか動物に異様に好かれる。旅行でワシントンのセントラルパークに行った時も、警戒心の強い野生のリス達を体中に纏わりつかせ、あのアジア人はいったい何者だと現地民をざわつかせていた。


 正直うらやましい。

 僕は姉ちゃんと真逆で動物に嫌われる体質だ。親戚の叔母さんが「うちのこ、人懐っこくて、吠えてるところなんて見たことないのよぉ」と自慢する小型犬に、姿が見えなくなるまで牙を剥いて吠えられた男だ。


「可愛いねぇ、にゃんこ、にゃんこ♪」

 撫でまくっとるなあ、しかし。どうでもいいけど、姉ちゃんの猫なで声を聞くのは少々きつい。

「うちの子になるの? きなこまんじゅう」

 すぐに変な名前つけるし。


 しかし、我が家では猫は飼えない。それは姉ちゃんが一番よく分かっている。なので、

「いくぞ」

「あいよ」

 姉ちゃんの合図で僕達は一斉に駆け出した。ゆっくり歩いて離れるとなついた猫が付いてきてしまう。だから、帰る時は全力で走って逃げるのだ。


「ふう……」

姿が見えなくなるまで走った後、僕と姉ちゃんは一列縦隊で歩き出す。

暗黙の了解で、姉ちゃんが前で僕が後ろ。絶対に追い抜いてはならないし、話しかけるのもご法度だ。


「……ぐす……ぐす……」

姉ちゃんは泣いているからだ。

疑似的に猫を捨てる体験を味わう姉ちゃんは、罪悪感と悲しみから猫と触れ合った後はいつも一泣してしまうのだ。

「うう……きなこまんじゅう……」

今日はいつもより多く泣いてるな。よっぽど気に入ったんだろう。


「……あ、にゃんこだねえ。可愛いねえ」

そんな時、姉ちゃんは手近なものを猫に見立てて可愛いがり、心の均衡を保とうとする。

たいていはスマホや鞄など手に持てるもので代用するのだか、

「つるつるだねぇ、可愛いねえ」

今日は電柱でいくらしい。

気持ちはわかるが、正直、家の外ではやらないで欲しい。

「真っ直ぐ君、うちの子になったらいいのよ?」

絶対に無理だから。


うちの姉ちゃんはやっぱり変だ。

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