なんか、姉ちゃんが歩き本する


姉ちゃんはよく本を読む。


それもサリンジャーとか、ドストエフスキーとか、難しい外国の本をやたらと読む。

普段あまり生命力を感じさせない姉ちゃんだが、本を読む時だけは凄まじい気迫でページを噛み千切るように読みまくる。


どこでも読む。

ソファやベッドはもちろん、入浴中や登下校の間でも歩きながら読む。

『歩きスマホ』に厳しい昨今だが、『歩き本』を取り締まる警察はいないらしく、姉ちゃんは今日も魔導書のような分厚い本を捲りながら学校までの道のりを行き来していた。


「あれさあ、止めさせた方がいいと思うのよ」

 夕食後、母さんはミカンを剥きながらそう言った。

「あれって、なに?」

「お姉ちゃんの本よ。危ないじゃない」

「んー、大丈夫だと思うけどね」

 姉ちゃん、歩き本歴十年だし。新参の歩きスマホ勢とはキャリアが違う。どういうセンサーなのか知らないけれど人には絶対ぶつからないし、信号も見えてるみたいだから別いいとは思うけど。


「いやー、でも最近変な人もいるみたいだしねえ」

「変な人?」

 姉ちゃんのことか?

「盗撮魔よ、盗撮魔。夜道をね、ケータイのライトで照らしながら盗撮して回ってる小男がいるんだって。気持ち悪いわぁ」

 なんだ、マジモンのやつじゃないか。

「お姉ちゃん美人だし、あんなふうにフラフラ歩いてたら何されるかわかんないでしょ。あんたなんとかしてやってよ。あの子、お父さんが言ってもお母さんが言ってもきかないから」

 それでなんで僕が言って聞くと思うんだ。

「別に言わなくていいの。ぶつかる真似事でもして脅かしてやりゃいいのよ。あの子怖がりだからそれでやめると思うから」

 そうかなあ。ただただ僕が怒られるだけのような気がするけれど。

「まあ、今度歩き本してる現場に出くわしたらやってみるよ」

 そう言って僕は居間を脱出した。もちろん、その場を取り繕うだけの方便のつもりだったけれど。



「……うわ、やってんねえ」


数日後、僕はまんまと出くわすこととなる。

友達と遅くまで遊んだ帰り道だ。

向こう側からやって来る。すっかり暗くなった夜道をチラチラと照らす、スマホのライト。

 いや、盗撮魔の方かい。

 待ってくれ、こっちに出くわす準備は出来てないぞ。


 母さんが言った通りの小男だった。

痩せている。髪が長い。並大抵の変態じゃないことはスカートを履いていることからも見てとれる。

しかもうちの制服だ。スマホのライトで魔導書のように分厚い本のページを照らしながら、歩き本でやってくる。 

「……なに?」

いや、姉ちゃんかい。


どうしよう、母さん。変な人はやっぱり姉ちゃんでした。スマホのライトでページを照らしながら歩き本してる姉ちゃんでした。

「………邪魔」

 夜道でもしっかりと人はかわして歩けるようです。


本ってそこまでして読まなきゃいけないものなのだろうか。

姉ちゃんは、やっぱりちょっと変だ。

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