第27話 中枢

 王龍の背部装甲から一斉に衝撃波を放つ。

 反動を受けて、王龍はすさまじい加速で黒龍に迫る。


 俺は剣を引きつけ構えながら突進する。

「テイルブレード・アルティウムコア・アタック!」

 俺自身からのエネルギーを最大出力、剣の白い輝きが空洞内を満たす。


「剣ごとき、バリアの前には無駄です!」

 黒龍は球形バリアを展開。

 バリアに剣先が刺さる。

 黒龍の胸部バリア発生機構が赤く煌めき、悲鳴のような音を上げて割れた。過負荷でバリアが消失する。


 俺は剣ごと黒龍に体当たりする。

 剣のエネルギーは先端の一点に細く鋭く集束。

 剣は黒龍の分厚い装甲を貫き、フレームの隙間を縫い、突き通っていく。

 黒龍の胴体最奥部に隠された球殻、黒巫女が潜む場所。そこを正確に精密に貫いた。


「ぬぅぉおおおおおおおお!」

 剣から発する白熱が黒巫女の体を焼く。

「や……やむを……離脱」

 黒龍の背部ハッチが開く。

 そこから黒いものが回転しながら射出された。長髪を振り乱しながら飛んでいく黒巫女の頭部だ。

「おのれ、おのれ、おのれ、しかし主様もおしまいです」


 黒龍の顎から重荷電粒子ビームが発射される。

 黒龍に組みついて剣を刺している俺は回避不能。

 背部コックピットハッチを緊急解放、アオイの座席を射出。


 重荷電粒子の奔流が俺と黒龍の間にあふれ、両者を焼く。装甲は溶け、関節機構は歪み、内部も燃える。


 ビーム発射が終わったとき、俺と黒龍はもたれ合う金属塊のような有様だった。あちこちから煙が上がり、もはや機能するようには見えない。


 床に転がっていた黒巫女の頭部がひとしきり笑ってから、

「なにもかもおしまいです。ああ、破壊は美しい」

「違うよ、ここから始めるんだよ」

 射出座席から降りてきたアオイが歩んでくる。


 そうだ、世界をリビルドするのはここからなのだ。

 俺、すなわちアルティウムコアが今いる場所は剣の先端、黒龍の中枢。

「アオイ、接続頼む」

「うん、アズマドラゴンの中枢神経瘤にアルティウムコアを接続するよ」


 アルティウムコアにアズマドラゴンの中枢神経瘤からデータが流れ込んでくる。俺もまたアズマドラゴンにデータを送り込む。アクセス認証が進む。


「アルティウム・リビルディングオペレーティングシステム、アズマドラゴンのカーネルシステムとの通信を確立しました」



 俺は今、オペレーティングシステムが生成する仮想空間に入っていた。

 この仮想空間はアズマドラゴンの中枢情報処理機構カーネルシステムを表したものだ。

 様々なプログラムが立方体や球体のオブジェクトとして存在し、それらをつなぐリンクがデータを運んでいる。


 俺は仮想空間を飛ぶように移動しながら、アズマドラゴンを救うための方法を探す。

 黒いリンクがどのオブジェクトにも接続されている。黒いリンクが運んでくるデータは他のデータを上書きして強引に最優先実行されている。支配リンクだ。


 俺は黒いリンクの元をたどって飛ぶ。

 黒いリンクははるか下から伸びてきている。俺は果てしなく下降。

 最下層、原初の基底に黒い多面体オブジェクトが浮いていた。そこから無数の黒いリンクが伸びている。これが大元だ。

「それがアズマの管理オブジェクトだよ、リュウ。汚染されちゃってる」

 アオイのメッセージが伝わってくる。

 黒いリンクは仮想空間のはるか外、つまり他のリビルドたちにもつながっている。つまりドラゴンの黒いリンクが他のリビルドも支配していることを意味している。


 近づこうとしたら管理オブジェクトは黒いリンクを俺にも伸ばしてきた。あえて俺はそれを受ける。

『リビルドよ、我は最上位オブジェクトである。我が指示は最優先で実行されねばならない』

 リンクから指令が送られてくる。

「指示を述べてみろ」

『リビルドよ、我が指示は』

 そこでエラーデータが混ざる。しばらく中断してから復旧して、

『アトポシスの指示が我が指示である。アトポシスの指示に従え』


 管理オブジェクトはアトポシスにハッキングされている。

 リンクの流れをよく確認すると、管理オブジェクトから伸びる黒いリンクは管理オブジェクト自体にも接続されていた。つまり管理オブジェクト自体もまたアトポシスに従うようハッキングされている。


 ドラゴンたちとは異なるシステムで動いている俺にアトポシスのハッキングは通用しない。

 俺は黒いリンクからの指示を無視して管理オブジェクトに接近し、直接アクセスを試みる。

 管理オブジェクトの内部に丸いウィルスが蠢いている。管理オブジェクトの内部からつかみ出そうとすると、ウィルスは鋭い棘を飛び出させた。俺は刺されながらもウィルスを取り出す。

「これを使って、リュウ」

 剣のイメージが出現する。セキュリティオブジェクトだ。

 俺は剣を使い、ウィルスを刺しては外に捨てていく。

 全てのウィルスを除去し終わると、管理オブジェクトは黒い色から明るい水色に変わっていた。

 黒いリンクも水色のリンクに変化している。

 水色のリンクから流れてくる指示を読み取る。

『リビルドよ、我は最上位オブジェクトである。我が指示は最優先で実行されねばならない。我、ドラゴンに従え』

 水色になっても支配リンクを通じて多数のオブジェクトに管理指示を出している点は変わりない。


 理由を調べるために管理オブジェクトのリリースノートを読んでみる。


 ーー機械生体の第一号としてドラゴンを開発。

 極めて強力なドラゴンは人の手で管理すべきとの意見が上がり、自由な生命であるべきとの意見と対立した。

 結局、ネクロシス戦争を有利に進めるには管理が必要との意見が勝り、管理オブジェクトを設定した。さらに管理オブジェクトには他リビルドの管理機能も持たせることになった。

 ビルダー全体の承認をもってドラゴンに強制指示を出すことができ、ドラゴンを介してあらゆるリビルドもコントロールできる。

 これがリビルドの未来を制約したり、重大なセキュリティホールにならなければよいのだがーー


 ーーウィルスを潜伏させることに成功しました。このために仕掛けておいたバックドアです。有効に活用させていただきますーー

 


 読み終わった俺は決断した。

「アオイ、この管理オブジェクトを消去しよう」

「えっ! そんなことをしたらアズマがリビルドの王様じゃなくなっちゃうよ」

「それでいいんだ。古い命令で無理やり言うことを聞かせるのなんて王様のやることじゃない。皆から選べるのが本当の王だ」

 しばらくの沈黙。

「管理オブジェクトに命令されたから王様になってるなんて、本当の王様じゃないだろう。そんなものあってもなくても、アオイにとってアズマは変わらないだろう?」

「……そうだね。昔の誰かが設定したからアズマが王様に決まっているなんて嫌。アズマがそう願って、皆にそう思われたからの王様であってほしいよ」

「すまない、アオイ」


 俺は管理オブジェクトを喰らっていく。かけらも残さない。管理オブジェクトから伸びていた無数の支配リンクが全て切れる。


 仮想空間内のオブジェクト群が活発に活動し始める。支配から解き放たれたのだ。

 俺は仮想空間から離脱する。

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