第25話 帰還

 アズマ鋼原の最奥部、そこには数百メートルもの高さを持つ四角錐型の金属結晶が円状に連なっている。あたかもピラミッドが並んでいるかのようだ。


 俺はウィングスラスターを噴射してピラミッド群の上を飛行。

 ピラミッド群に囲まれた巨大な円が存在している。円は金属製の一枚板に見えた。

 だがそこに線が走り、割れ目となる。一枚板は多重分割されて、外円部に引き込まれていく。


 俺を迎え入れるように円は開き、直径一キロはあろう穴が姿を見せた。

 アオイが内部をセンサーで探査してみる。

「この下からアズマの気配を感じるよ」

「罠かもしれないが行くしかないな」

 俺は果てしなく深い穴へと降下していく。


 穴の断面は機械の層だ。

 まるで化石が埋まっている地層のように、朽ちたリビルドや様々な機構が折り重なっている。

 この世界では見たことがない機械も多い。

 これまで遭遇したものよりも世代が新しい戦車、戦闘機、爆撃機……

 本来の地層とは異なり、深く下るほどにより新しい時代の機械が埋まっているようだ。


 暗く静かな穴を降下していく。

 ウィングスラスターの動作音だけが穴の中に響いている。

 朽ちた機械の断層がひたすらに続く。

「墓場みたいだな」

「うん、でもずっと下に大きなエネルギーを感じるよ」

 そこが終点になりそうだ。


 何時間降り続けただろう。

 アオイがセンサーのデータを確認して、

「近い、もうすぐだよ」

「ああ、見えてきた」

 穴の下方から光だ。


 長い長い穴を抜けた。

 そこは柔らかな黄色い光に満たされた空洞だった。

 空洞は直径数キロメートルの球形だ。重力が反転しており、中心部は無重力、外側へと重力が働いている。

 滑らかで半透明な床自体が黄色く発光している。


 アズマドラゴン、いや闇色に染まりきった黒龍が底に横たわっていた。

 黒龍は首をもたげる。その上には黒い巫女服の少女が立っている。黒巫女だ。人形じみた美しい顔を微笑ませている。だがその顔には隠しきれない悪意があふれていた。


「ようこそ、かつて星核の在りし処、アトポシス始原の宮殿へ。お待ちしておりました、ケンイチ・タテベ様」

 黒巫女がお辞儀をしてみせる。

「俺を知っているのか?」

「それはもちろんのことでございます」


 アオイが怒りをこめて叫ぶ。

「アズマを返せ!」

「あらあら、てっきりヒバナお姉さまがいらっしゃるかと思ったのに龍の巫女とは。あなたに用はなくてよ」

 黒巫女は口に手を当てて嘲笑う。


 俺は黒龍と向かい合う。

「お前たちアトポシスの目的はなんだ。リビルドを暴れさせて何を狙っている」

 黒巫女は肩をすくめる。

「私どもの目的ではございません。すべてはあなた様のためでございます」


 黒龍は数メートルほどの機械を前肢に掴んでいた。それを差し出すように床へと置く。

 一人乗りのコックピットにドリル、古ぼけて朽ち果てそうなその機械は地底探査機だった。

 かつて俺はウルティマビルドをプレイしていたときに、星の核を探査してアルティウムを手に入れようとした。そのために俺が作り、地中深くを目指した地底探査機そのものに見える。


「どうしてそれがここにあるんだ」

 黒巫女は大げさに両手を掲げて、

「あなた様こそはアトポシスの創始者。その機械でここ星核に至り、アルティウムを手に入れ、生命エネルギーによる惑星破壊をお考えになってネクロシスを生み出された」

「ふざけるな! 俺はアトポシスなんかじゃない! 惑星破壊なんて考えたりしていない!」


 黒巫女は天を仰いでみせる。

「あなた様の今のお姿、リビルドの生命を吸っては強大になるそのお力、まさしくかつて惑星破壊寸前にまで至ったネクロシスではございませんか。さあ、早くこのドラゴンをお召し上がりくださいませ。さすればネクロシスは完成でございます」


 さあ喰らえと言わんばかりに黒龍は首を俺に見せつける。

 俺は思わず後ずさる。


 この俺がアトポシスの創始者でネクロシスの生みの親だと?

 ただの嘘だと一言で否定したい。

 だがその話を聞かされて、俺の思考は猛スピードで回転してしまう。星の核からアルティウムの生命エネルギーを得て惑星破壊を行う最終兵器をどう設計するか。たちまち俺の思考の中でネクロシスは組み上がっていく。


 俺は星の核に到達したとき、生命を持ち自由に進化していく機械を生み出したいと願っていた。

 だが同時に最強への憧れも持っていた。


 まさしく最強にふさわしい破壊兵器、ネクロシス。

 あのときそれを思いついたとして、しかし作らなかったという自信はない。


「我ら古きビルダーはネクロシスに抗った者たちのバックアップから復元されたのでございます。小賢しくも星核は、ネクロシスをお考えになる前の主様を復元したのでしょう。しかし結局はこのようにネクロシスをお作りになられている、ふふふふふ、ははははは!」

 黒巫女は大きくのけぞって哄笑する。


「お前は…… 古きビルダーの一員だと言うのなら、なぜアトポシスに組みするのだ」

「知れたこと。精密に作り上げた世界を壊すことこそが最も面白い。主様とてよくご存じでしょうとも。何百時間もかけて仕上げた模型を粉々に爆破する快感。精密に構築した戦闘機械を対戦させて無残に散らす美しさ。星全体に生まれた機械生態系を滅ぼすのはどれほどに面白いことか!」


 黒巫女は悪魔の微笑みを浮かべている。

 だが知らない表情ではない。何度も何度も機械を作っては壊してきたときの俺自身の表情と同じだ。


「さあ、アトポシスの主様、早くお召し上がりになって!」

 黒巫女が黒龍の頭上で身もだえする。


 そのとき声が響き渡った。

「違うよ! リュウはアトポシスの主なんかじゃないよ!」

 アオイが叫んでいる。

「元は同じだったのかもしれない。だけど、リュウはあたしたちと暮らして、アズマ工房で共に生きて、変わり続けてきた。昔々から同じままのあんたとは違う! リュウは、リュウ自身が作り上げた新しいリュウなんだ!」


 そうか、そうだ。

 龍の卵から生まれ直して、ここまで皆と共に俺を作ってきたんだ。


 俺の迷いが晴れた。

「ありがとう、アオイ。俺は俺自身が作り上げた存在、そしてこれからも作っていくんだ。俺はアトポシスの主でもネクロシスでもない、俺は俺だ」

 俺の目指すものが見える。

 アオイが明るく笑う。


「はああ、左様でございますか。でしたらばこの黒龍にて主様を喰らい、ネクロシスを生み出すまでにございます」

 黒巫女は呆れかえったように頭を左右に振ってから、黒龍の首を歩いて背部まで下りた。

 背部にハッチが開き、そこに黒巫女が入っていく。


 黒巫女め、アズマドラゴンを乗り物に改造したのか!


 黒龍が後肢で立ち上がる。

 赤い眼が王龍をにらむ。

 黒龍の咆哮が空洞を満たす。


 黒龍との戦闘開始だ。

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