第24話 奥地

 広げた翼の後ろから紫色のプラズマ炎を噴射させて、王龍はアズマ鋼原奥地へと飛ぶ。

 蒼空の下、雲の上を飛行。雲に王龍の影が落ちている。後ろには長い飛行機雲。


 ウィングスラスターの噴射音だけが響いてくる静かな世界。だがそれもわずかな時間に過ぎなかった。

 コックピットのアオイがセンサー情報を確認する。

「リュウ、リビルドがたくさん近づいてくるよ」

 前方、多数の飛行型リビルドが高速に接近してくる。

「どんなタイプか読み取れるか」

 アオイは集中して、

「エフ…… ジュウゴ…… イーグル」

 イーグル戦闘機のリビルドか!


 イーグル編隊から多数の高熱源体が射出される。ミサイルだ。

「ロックオン頼む!」

「はい!」


 ミサイル群は白煙を引きながらこちらに急速接近。

 俺は急旋回するがミサイルは的確に追尾してくる。

「多重ロックオン完了だよ!」

 位置、速度、加速度、未来予測位置、アオイがロックオンデータを回してくる。

 ウィングスラスターの一部をウィングランチャーに切り替えた。

 ウィングランチャーの電磁加速機構によって徹甲弾を加速、超音速で射出する。翼の後縁から光条がミサイルへと走る。

 ミサイル群は徹甲弾に貫かれて爆散。


 その間にもイーグル編隊が接近してきていた。

 本来イーグルのコックピットがあるべき位置には、リビルドの青く六角形の眼が並んでいる。その眼は王龍を捉えている。

 イーグル機首の機関砲が火を噴いた。

 莫大な数の砲弾が一瞬でばらまかれて、空間を埋め尽くすように王龍へと迫る。

「アクティブ防御!」

 アオイの操作で装甲から衝撃波を発生。砲弾を衝撃波で弾き飛ばす。


 射撃を続けるイーグル編隊と王龍は超音速で接近、交錯。

 その一瞬に王龍はイーグルの一機を左腕のツインクロウでつかみ取った。イーグルの翼がひしゃげる。

 王龍は大きな顎を開き、イーグルが吊るしているミサイルから喰らっていく。

 ミサイルはこの世界では初めて見るテクノロジーだ。いただいていかねば。


 すれ違ったイーグル編隊は縦に旋回上昇していく。狙い目だ。戦闘機とは異なり、王龍はあらゆる方向を攻撃できる。

 右腕に抱えているレーザー砲を編隊先頭に照準、レーザー照射。

 先頭のイーグル胴体がぽっと赤熱し、すぐに爆散。続いていた編隊機も巻き込んでいく。

 残ったイーグルにも余さずレーザーを叩き込む。


 編隊は全滅した。

 しかしこのまま飛び続ければ迎撃のリビルドが止むことはないだろう。

 俺は高度を下げることにする。

 急降下でみるみる鋼鉄の地表が迫ってくる。

 地表すれすれで上昇、背部が急激に気圧低下、後方に大きな飛行機雲が生じる。


 地表に近い低空を起伏に沿って超音速飛行。

 目まぐるしく地表の景色が流れていく。

 ここまで低ければ、リビルドのセンサーからは捉えにくいだろう。


 王龍はさきほど喰らったイーグルを吸収し、再構成していく。

 この王龍は、それまでに作ったボディとは全く異なるフレームを持つ。アルティウムによって作られた機械細胞のフレームであり、成長していくことができるのだ。


 俺の意識はアルティウムのコアに宿っているが、このアルティウムには機械生体の細胞を生み出す能力がある。俺は俺自身を削ってこの王龍を作り上げた。

 王龍は俺自身と言ってもいいだろう。


 喰らったミサイルの解析が終わり、翼にミサイルランチャーの形成が始まる。

 王龍の機体全体も成長していく。

 出撃時には三割しか装備できていなかった装甲は全身を覆い、機体のサイズ自体が一回りも大きくなっている。


 喰らえば喰らうほどに俺は強くなれる。

 もっとだ。もっと喰らいたい。

 

 高速で飛ぶ俺の前に、アズマ鋼原奥地がとうとう姿を現す。

 ピラミッドのような四角錐の金属結晶が重なり合って地面から生えている。ピラミッドの高さは百から五百メートルほど、円状に連なっている。円の向こうに何があるのかは、ここからは見えない。


 そしてピラミッドの前には高層ビルや放送タワーが立ち並んでいる。

 ビルや塔には手足がある。動いている。ジャイアント・リビルドなのだ。

 ジャイアントの群れは、窓のようにも見える無数の眼を赤く輝かせた。俺を狙っている。


 だが俺はよだれをたらしそうな気分だった。

 なんて喰いでがある獲物だ。


 俺はこの奥地を調べてリビルド侵攻の原因を探り、止めねばならない。そんな目的よりも飢餓感のほうが強くなっていた。


 俺は減速せずにジャイアントの一体へと突入する。

 コンクリートの表層をぶち抜いてジャイアントの内部に入り込む。

 コンクリートは喰らっても俺の身にならない。そんなものよりも金属の機構だ。


 ジャイアントの内部にはパイプがはい回り、金属流体のアカガネを美味そうに伝導させている。

 俺はパイプにかぶりついた。エネルギーたっぷりなアカガネが滴り落ちてくる。吸収したアカガネはたちまち俺の機体の中でエネルギー源になる。


 もっとだ、もっと喰わせろ。


 パイプを伝っていくと、白いパイプが複雑に入り組んだ球体を見つけた。リビルドの制御を司る神経瘤だ。ジャイアントの神経瘤だけあって、直径が十メートル以上もある。

 これは喰いでがある。

 俺は顎を大きく開いて神経瘤に噛みつく。

 喰いちぎるとジャイアントは苦痛にうめくかのように激しく揺れた。

 俺は喰い続ける。

 ジャイアントは痙攣するかのように揺れる。


「リュウ! リュウ!!」

 アオイが叫ぶ。

 俺の目前に俺よりも大きな拳がパイプを突き破って現れる。

 俺は避けられない。全身に巨拳が叩き込まれる。

 そのまま拳は突き進み、俺をジャイアントの外へと叩き出した。

 ジャイアントが拳で自身を攻撃して俺を内部から排除したのだ。

 高度四百メートルから俺は落ちていく。


 おのれ、邪魔しやがって!


 ウィングスラスターで減速して着地。

 そこにジャイアントのキック。

 このジャイアントの全高は四百メートル、対する俺は八十メートルに成長したところ。大人と子どもどころではない差がある。

 俺の胴体より数倍太いジャイアントの右足が風を切って振り抜かれ、俺に直撃。俺は盛大に吹き飛ばされた。

 だが衝撃と反対方向にウィングスラスターを噴射することでダメージを殺す。

 さらにジャイアントの左足キックが迫ってくる。しかし二回は通用しない。

 俺はウィングスラスターで加速飛翔しながらキックをかわしつつ、ジャイアントの左脛にある関節機構をツインクロウで切断。

 ジャイアントはうまく左足を接地できず、どうと倒れていく。他のジャイアントたちも巻き込まれて連鎖的に倒れた。


 すさまじい地響きと煙。

 折り重なるように倒れているジャイアントたち。

 美味しそうなわき腹を見せている。

 食事時だ!


 ツインクロウでジャイアントのわき腹を切り裂くと、赤く明滅する半透明な球体が姿をのぞかせた。直径十メートルはある大きな転換臓だ。俺は勢いよくかぶりつく。噴き出てくるアカガネを浴びながら喰い漁る。

 吸収した希少金属を再構成して、俺の機体はさらに大きくなり、より最強へと近づいていく。


「きゃあああっ!」

 すっかり油断して食事の恍惚に溺れていた俺は、全身に走る痺れとアオイの叫びでようやく我に帰った。


 電磁攻撃を受けている!?

 光学センサーから得られる情報に激しいノイズ。何が起きているのか感知できない。

 レーダー全体にホワイトノイズ、各種アンテナからの入力も振り切れている。

「……マ、イクロ波だよっ!」

 膨大な出力のマイクロ波を浴びせられている!


 ジャイアントの中には放送タワー型もいたことを思い出した。

 おそらくは放送タワーからのマイクロ波を浴びせられているのだ。

 この王龍には対電磁波対策や電撃対策を十分に施してある。それを上回る出力のマイクロ波か!


 状況が感知できず、まともに機体制御もできない。

 こうしている間にもジャイアントは接近してきているだろう。

 俺はあせる。どうすればいい?


「ううっ!」

 アオイが苦痛にうめく。

 俺の胸部中枢に位置するコックピットにも電撃が走っている。まずい、このままではアオイが耐えられなくなる。

 俺は腕と翼で胸部を覆うが、あまり効果はない。

「だい…… じょうぶ……」

 アオイはコックピットの多重ハッチを開いた。

「なにをするんだ、アオイ!」

「リュウはあたしが守る……」

 アオイはコックピットハッチに立ち上がった。

 その全身は青い稲光に包まれている。

「方位二七三! 高さ三三四」

 相手を目視したアオイが叫ぶ。

 俺はその方位にレーザー砲を照射。

「方位二五一に移動!」

 レーザー砲照準を追尾。


 センサー情報が突然クリアになった。

 放送タワー型リビルドが中央胴部のパラボラアンテナから煙を上げている。

 あそこからマイクロ波攻撃をしていたのだ。

 放送タワー型リビルドは中央から折れていく。上部がちぎれ落ちた。数百メートルもの構造材が大地に叩きつけられてきしみ潰れ、あたり一帯を揺るがす。


 アオイがコックピット内に倒れ込む。俺は急いでハッチを閉める。

「アオイ!」

「……言ったでしょ、あたしが守るって……」

 強気なセリフとは裏腹に息も絶え絶えだ。

「……すまん」

 俺はうなだれる。

 強さの快感に溺れて己を見失っていた。

 俺はなんのために最強でありたいのか。アオイを、皆を守るためではなかったのか。


 俺の全高はもはや二百メートルを超えていた。

 地上最強の力をどう振るうのか決めるのは俺自身だ。


「見ていてくれ、アオイ」

 俺はアズマ鋼原の最奥部、ピラミッドへと歩を進める。

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