第23話 王龍

 それから三か月が過ぎた。

 小型リビルドの襲来をイヌガミ部隊は何度も食い止めてきたが消耗が激しい。地下から侵攻してきた大型リビルドもついにアズマ工房市の近辺にまで迫ってきている。

 圧倒的な数の前に、いずれ力尽きてしまうのは必至だ。


 転換神殿の隣に建造された大型ガレージ、その中で俺は自らの新たな機体を開発しているところだ。

 マサキを始め、多くの技師たちが協力してくれている。

 アズマ工房群の技術がここに結集されていた。


 俺は新たな機体に収まって、自らの機能をテストする。

 今度の機体、王龍は全長三十メートルに達する超大型アーマービルドだ。

 つながれた多数のパイプによって機体は覆い隠されている。

 パイプから送り込まれてくる希少金属を機体フレームが吸収、再構成、成長している。開発を大急ぎで進めてきたが、特殊な構造が災いしてまだ未完成もいいところだ。しかしドラゴンに対抗するためには妥協できなかった。


 マサキが下から呼びかけてくる。

「装甲テストはどうですか?」

「エネルギー供給は確認できたが、装甲自体がまだ三割しか装着できていない」

 巨体から発する俺の声がガレージ全体に響き渡る。

 

「まだ出撃はできんのか!?」

 俺に負けないほどの大声が響く。

 ガレージに飛び込んできたシライシ会長だ。

「大型リビルドの群れが地下から出てきた。イヌガミではもう抑えられん!」

「会長、王龍の完成度はまだ五割にも達していません、無理です」

「そんなことを言っておる場合か! アズマは滅びるぞ!」


 俺は決断する。

「出撃しよう、マサキ」

「でも、さっき装甲は三割しかできていないって」

「俺の王龍は成長する。戦いながらなんとかしてみせるさ。それに、ここにも間もなくリビルドが来てしまうんだろう?」

「はい……」


「よし、頼むぞリュウ!」

 シライシ会長は戦場へと戻っていく。


「王龍、出撃準備を開始します。至急ガレージから退避してください。これは演習ではありません」

 制御室に入ったマサキがアナウンスを開始する。

 作業中だった技師たちが心残りそうに持ち場を離れていく。


「王龍、全転換臓の出力を臨界へ」

「了解、全転換臓の出力上昇、臨界に到達だ!」


「王龍、機体制御系を確認してください」

 各関節にエネルギー供給開始、王龍はパイプを引きずりながらゆっくりと立ち上がっていく。

「王龍、機体制御系良し」


「王龍、翼機構を展開確認」

 背部の翼がパイプを持ち上げながら広がっていく。


「王龍、主武装を確認」

 右腕を伸ばして長大なレーザー砲をつかむ。

 エネルギー供給とデータリンクを開始。

「主武装確認、火器管制に問題なし」


「王龍、センサー系の動作確認」

「王龍、センサー系を起動」

 王龍の龍面に双眼が輝く。

「動作正常」


「王龍、出撃準備良し、とは言えない状態ですが……」

 制御室のマサキが口ごもる。


「そうだよ、あたしを忘れてるよ!」

 ガレージに響く声。

 アオイが入ってきていた。

「リュウ、一緒に行こう。アズマを助けようよ」

「……危ないぞ」

「分かってるよ。でもやらなきゃ! 家族のためだから」


 アオイにとってアズマドラゴンも大事な家族なのだ。

 俺は左手を下ろしてアオイを乗せる。

 胸部のコックピットハッチを開いてアオイを招き入れた。


 アオイは叫ぶ。

「出撃準備完了だよ、お姉ちゃん!」

「……わかりました。王龍、出撃準備完了! くれぐれも気を付けて、いってらっしゃい」


「「王龍、出撃」」

 俺とアオイの声が重なる。

 ガレージのゲートが開いていく。

 王龍の各部から強制排熱の蒸気が噴き出る。

 王龍はパイプを引きずりながら足を踏み出した。

 一歩、また一歩と前へ。


 王龍は外に出た。

 蒼空の下、太陽の光が機体を迎える。

 周辺に残っていた技師たちが歓声を上げる。

 戦闘音が響いている戦場へと、無数のパイプを引きずり王龍は進む。


 アズマ工房市近辺の鋼原では、押し寄せる小型リビルドの群れを押しとどめようとイヌガミ部隊が懸命な抵抗を続けていた。

 三メートルほどのサイズを持つ甲虫型リビルドが鋼原一帯を埋め尽くす勢いで押し寄せてきている。

 口先の牙を開閉しながら、六本足をわきわきと動かして迫りくる。

 イヌガミ部隊は鋭い爪で甲虫を切り裂きながら応戦している。一対一ではイヌガミの強さが圧倒的なのだが、なにせ数が多い。


「シライシ会長、イヌガミをいったん後退させてくれ」

「わかった。頼むぞ」

 俺はシライシ会長に通信を入れてから、背部の翼を広く展開する。

 翼に接続されていたパイプが外れて落ちていく。


 翼が露わになった。

 爪を持ち、龍を思わせるそれは白く輝く金属の翼。

 翼をひねり、後縁部を前へと向ける。

 翼の後縁部にはウィングスラスターの可変ベクターノズルが並んでいる。

 ウィングスラスターは筒状の電磁加速機構を並べた構造だ。

 プラズマ化した空気を電磁加速で後方に噴出して推力を得るのが本来の目的だが、原理的には金属を加速することもできる。


「アオイ、ロックオン制御してくれ」

「多重ロックオン、始めるね!」

 地表を進んでくる無数の虫たち。複合センサーが捉えたそれらの莫大な位置情報をアオイが処理して火器管制系に伝える。


 ロック、ロック、ロック、ロック、ロック、ロック……


「ウィングランチャー、マルチバースト!」

 俺が叫ぶや、翼の後縁部に並ぶ全てのノズルから小口径の徹甲弾が射出される。

 ひとつひとつが軌道計算されて正確に甲虫型リビルドまで到達、装甲を貫いて内部機構を破壊。

 雨のように徹甲弾は降り注ぎ続ける。

 莫大なロックオンをアオイが処理していく。

 虫たちはことごとくが徹甲弾の洗礼を浴びる。


 徹甲弾の雨が止んだとき、もはや動く小型リビルドは残っていなかった。

「うおおおお!」

 イヌガミ部隊や技師たちが興奮して鬨の声を上げる。

 やった! ぶっつけ本番だったがウィングランチャーの実戦テストは成功だ!


 俺はさらにパイプを引きちぎりながら前進。

 鋼原に開いた大穴から大型重機タイプのリビルドが続々と這い出てきているのを発見した。

 こちらも数が多い。出てきても出てきても終わらない。


 大型トラックよりも巨大なブルドーザー型リビルドが分厚いブレードを前面の盾代わりにして迫ってくる。

 ウィングランチャーの小口径弾では貫けない重装甲だ。


 俺は右腕につながったパイプを引きちぎりながらレーザー砲を構える。レーザー砲は三十メートルもの長さにおよぶ、ヒバナが原型を開発した光学兵器だ。

 俺の体内で発電した電流をレーザー砲の回路に接続。

 キャパシターにチャージ。

 溜まった大電流をレーザー発振器に流し込む。

 レーザー砲から放たれた光線は瞬時にリビルドの装甲まで到達、超高熱となって装甲を穿ち、その先のリビルド本体の装甲も貫き、内部の転換臓を焼いた。


 続けて第二射、第三射、連続射撃で次々と大型リビルドを屠っていく。

 だがレーザー砲が過熱して煙を上げ始めた。


 俺は左腕に接続されたパイプを引きちぎり、左前腕先端から伸びるツインクロウを露わにする。

 前方にエッグイーターの群れ。

 俺はツインクロウを振るった。エッグイーターの鎌を叩き折る。ツインクロウが装甲を切り裂き、エッグイーター内部の転換臓を露出させる。

 ツインクロウで転換臓を抉り出して希少金属を喰らう。

 王龍にたかるエッグイーターの群れはことごとく喰らってやる。

 喰らった希少金属は機体内で吸収変換され、機体の強化成長に回されていく。


 大型ハイブ種の群れが横列で高速に突進してくる。

 冷えてきたレーザー砲からの光線でなぎはらった。

 大型ハイブ種は上と下に両断されて転がる。

 ハイブ種がこぼした希少金属粒を俺はさらに喰らう。


 俺は進む。

 残っていたパイプがちぎれていき、王龍のフレームが露出する。

 装甲率はまだ三割、重要防御区画バイタルパートの胸部のみ装甲している。


 今度は戦車型リビルドが隊列を組んで押し寄せてきた。

 その主砲がぴたりと俺に狙いを定める。

 俺は背を低くして、できるだけ胸部以外の露出を抑える。

「アクティブ防御するよ!」

 アオイが叫ぶ。


 戦車が主砲を発射、砲弾が超音速で飛来してくる。

 王龍の胸部装甲から衝撃波が渦を巻くように発生。砲弾の軌道をあらぬ方向へとそらした。

 次々に飛来する砲弾は衝撃波に阻まれてどれも王龍まで到達できない。

 アズマドラゴンが使っていた衝撃波攻撃の仕組みを防御に転用した、アクティブ防御装甲だ。


 レーザー砲で戦車に反撃。

 さすがに装甲が厚く、焼き切るまでに時間がかかる。

 ようやく一台を撃破。

 このままでは押し切られてしまう。

 

 王龍の翼からプラズマ噴射を全開、離陸する。

 すべてのパイプがパージされて、腰部後方のドラゴンテイルが露わになる。

 王龍は空を舞い、そして高みから戦車型リビルドに襲いかかった。

 戦車の薄い上面装甲をドラゴンテイル先端のドリルで貫く。

 内部機構をかき回されて戦車は沈黙。

 他の戦車群も上からの攻撃には脆い。

 次々にドリルで屠る。


 動かなくなった戦車型リビルドは希少な高硬度金属の塊だ。

 俺は降り立って、ツインクロウで戦車を削り喰らう。

 後には残骸しか残らない。

 喰らった金属によって装甲を生成し、王龍の全身にまとっていく。


 気が付けば周辺に動くリビルドはいなくなっていた。

 日は沈もうとしている。

 機猟会の面々が、技師たちが大歓声を上げている。

 大攻勢を押しとどめたのだ。


 俺は倒したリビルドたちのアカガネを全身に浴びていた。

 龍面で翼と尾を持つ巨大な龍人、血塗れなその姿。

 リビルドを喰らい、一回りも大きく成長している。

 あたかも禍々しい破壊神のようだ。

 俺は自身に慄く。

 これが最強への道なのか。

 街の皆は喜んでいるが、機械の発達とはこれでいいのか。



「大丈夫、リュウはリュウだよ」

「……」

「行こう、リュウ。お母さんに会いに」


 いったんは攻勢を止めはしたものの、またすぐにリビルドは来るだろう。

 今がチャンスだ。


 俺は空へと舞い上がる。

「マサキ、皆、行ってくる」

 翼を広げ、推力全開。

 俺とアオイはアズマ鋼原奥地に向けて飛行を開始した。

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