第22話 ヒューマンリビルド

 ヒバナの新型機は爆発を繰り返して煙を引きながら墜落した。

 俺は降下して着地、新型機の墜落場所まで急ぐ。


 街から離れた平地に新型機だったものが散乱していた。

 あの美しかった工芸品が黒焦げの残骸と化している。

 レーザー砲も折れ曲がって無残な姿だ。


 そしてヒバナも散らばっていた。

 内部の機械がむき出しになった足、手、上半身と下半身。

 そして首。

 ヒバナも人間ではなかったのか。


 俺はそっとヒバナの首を抱え上げた。

 その整った顔は眠っているかのようだ。

「ヒバナ……」

 その時、彼女の目がゆっくりと開いた。

「ふふっ、破壊もまた美しいですわ……」

「生きていたのか!」

「わたくしは脳以外が義体、ご心配にはおよびませんわ」


 俺は少しほっとしたものの、疑問も頭をもたげてくる。

 ヒバナの頭を抱えて街に向かいながら話す。


「君はいったい何者なんだ。技術がこの世界のレベルを超越している」


「リュウに言われるのも心外ですけれど…… いいですわ、アトポシスが活動している今、立ち向かう者に伝えるべき時が来たのでしょうね」


 そしてヒバナはかつて起きたことを語り始めた。


「かつてこの星には、己にとって究極の機械を目指すビルダーたちがいました。最大、最強、最美…… その中に最高の破壊力を目指す一派、アトポシスが生まれたのです。破壊には強い魅力があったのでしょう、彼らはみるみる勢力を拡大しました。彼らが最終目標としたのは惑星破壊ですわ」


「惑星破壊だと!」


「わたくしたちの住んでいる星そのものが金属生命であることに気付いた彼らアトポシスは、星の生命エネルギーを喰らって破壊力とする最終兵器ヒューマンビルド・ネクロシスを開発しました」


「ヒューマンビルド? ヒューマンリビルドではなく?」


「ええ、ヒューマンビルド・ネクロシスはあくまでも人が操る兵器、自律した機械生体であるヒューマンリビルドとは異なります」


 ヒバナは一息ついた。


「反対勢力も立ち上がりましたが、星の生命エネルギーによって無限の力を得たネクロシスは圧倒的でした。とうとうネクロシスによって星が破壊される寸前、奇跡が起きたのですわ。『ロールバック』と呼ばれる現象によって星は数千年前の姿に書き戻されたのです」


 ロールバック、オンラインゲームが致命的な状態になったとき、正常だった時のバックアップデータに戻す処理と同じ名前だが……


「これによってすべてのビルダーと共に、ネクロシスを生み出したアトポシスと技術も消えました。しかしそれでもネクロシスは消えなかったのです。星の生命に深く憑りついていたネクロシスはロールバックを超えて破壊を再開しました」


 消そうにも消せないネクロシスはまるでコンピュータウィルスのようだ。


「星の生命には意志がありました。彼は最後の手段に打って出たのです。星の意志はロールバック前に『バックアップ』していたわたくしたちビルダーたちを復元し、自らの生命エネルギーを彼らに渡しました。機械生体リビルドを創造させるために」


「渡した生命エネルギー、もしやアルティウムか」


「ええ、そうですわ。わたくしたちは機械生体リビルドを創造していきました。最初に王として創造したのがドラゴンです。続いて無数のリビルドが誕生していきましたわ。星に蓄積されていた生命エネルギーはリビルドの物となり、さらにリビルドはネクロシスに戦いを挑んで、奪われていたエネルギーも取り返しました。エネルギーが枯渇したネクロシスはついに消滅したのですわ。遠い昔のお話です」


 ヒバナは遠い目をする。


「すべてのエネルギーをリビルドに渡したことで星の意志もまた消え去りましたが、ドラゴンを王にいただいたリビルド達はこの星に機械生態系を築き上げて繁栄しているのですわ。しかし今、アトポシスを名乗る者たちが再び現れ、ドラゴンを支配して陰謀を企んでいます。古きビルダーたちはいつかこのような事が起きるのを予期して未来への語り部を遺しました」


「それが君か、ヒバナ」


「そう、わたくしですわ。今こそメッセージを伝えましょう…… わたくしたち古きビルダーはヒューマンリビルドの開発を目指し、とうとう果たせませんでした。いつの日にかヒューマンリビルドを開発するビルダーが現れると信じて、永い時を待ち続けているのですわ」


「ヒューマンリビルドとはどんな存在なんだ」


「何者にも支配されず自ら創造していく機械生体、リビルドの未来…… それがヒューマンリビルドだと信じられています。リュウ、あなたは最もヒューマンリビルドに近づいた存在かもしれない。けれども、最強を目指すあなたはいずれネクロシスにたどり着くのかもしれない。どちらを選ぶかはあなた次第ですわ」


 そこまで話すとヒバナは目を閉じて動かなくなった。


「ヒバナ、必ず治してやるからな」

 彼女の返事はなかった。


 墜落地点にイヌガミ部隊が集まってきた。

 彼らと俺はヒバナを拾い集め、ひとまず第七工房に預けてきた。ヒバナはこうなることを予測していたのだろう、彼女の部下たちは何も言わずにヒバナを受け取った。



 俺は第二十八工房に戻ってきた。

 ガレージ前にはアオイとマサキが待っていた。


 アオイは飛びついてくる。

「お帰り、帰ってこれて良かった、良かったよ、リュウ」

 熱い涙が俺の傷ついたボディを濡らす。

「汚れてしまうぞ、アオイ」

 アオイは気にせず、すがりついてくる。


 マサキは俺のボディを見て辛そうな顔になった。

 各部に被弾、装甲には穴が開いて内部構造も破損している。

 漏れた油や高分子潤滑材がボディに垂れて汚い。

 ただ歩くだけでもギシギシときしむ音を立てる有様だ。


「早く修理しましょう!」

「いや、その前に話しておきたい大事なことがあるんだ」

「はい……」


「……アオイ、マサキ。この子龍は限界だ。少龍も使い捨ててしまった。これから俺はドラゴンを相手にできる最強の機体を作る。だが、それはドラゴンを殺せる機体ってことだ。ドラゴンと過ごしてきた君たちが俺を許せなくても仕方がないと思う…… 許せないなら俺は出ていって」

「……アズマドラゴンはリュウのお母さんなんだよ。リュウだったらきっと、きっとお母さんを助けられるって信じてる」

「私たちは家族なんですよ! どんな辛いことだって皆で力を合わせればきっと乗り切っていけます!」


「……ありがとう」

 俺の光学センサーから油が漏れてくる。

 ドラゴン相手にどこまでできるかはわからない。

 ネクロシスの道をたどってしまうのか、ヒューマンリビルドを目指せるのか、未来に確信はない。

 だが二人からの信頼に応えたい。その思いだけは確信できた。



 そしてアズマ工房群の総力を挙げた新型機開発が始まった。

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