アトポシス

第20話 龍の影

 俺たちは機猟会会館、シライシ会長の部屋でイヌガミたちによる偵察映像を確認している。


 映像が浮かび上がる。

 アズマ工房市からはるか北、アズマ鋼原の映像だ。

 虫型、獣型、様々な種類の小型リビルドが群れを成して地表を南へと歩いている。

 その向かう先にはアズマ工房市がある。

 リビルドたちに大きな影が落ちる。

 その上には黒い龍。


 また別の映像が始まる。

 アズマ鋼原の地下に広がる大機構空洞。

 地下に巣くう大型の重機リビルドが進路を掘削しながら進んでいる。

 向かう先はやはり南。

 龍の咆哮が彼方から響いてくる。


 空の映像。

 飛行機型のリビルドが飛んでいる。

 そのシルエットは爆撃機のように見える。

 黒龍が先導するように飛んで、飛行機型のリビルドを編隊にまとめ上げる。

 黒龍はターンして高空へと去り、編隊は南へと向かい始めた。



 俺たちは映像を一通り見終わった。

 映像を記録していた統御球から手を離してデータリンクを終了する。

 記録板から映像が消える。


 機猟会会館、シライシ会長の部屋にはシライシ会長、エンマ、アオイ、ヒバナ、俺が集まっている。

 皆は作戦テーブルを囲んで立っている。


 テーブルに広げた記録板に地図を映して、シライシ会長が説明を始める。

「量産されたイヌガミによって、我ら猟師の調査範囲は数倍に広がった。今までよりはるかに奥地まで鋼原を調査できるようになった。そしてわかったことは見てのとおりじゃ」


 シライシは地図上のポイントをいくつも指し示す。

「リビルドが南に大移動を始めておる。その先にあるのはここ、アズマ工房市じゃ。クダリ石墓群で起きていたことが、極めて大規模にアズマを襲おうとしておるのじゃ」


 エンマが言う。

「リビルドの移動と合わせて黒いドラゴンが目撃されている。おそらくリビルドはドラゴンの影響で動き出したんじゃないかと見ているんだが、どうだい、アオイ」

「……ドラゴンはリビルドの王だから、リビルドを動かすことはできるよ」

「あれはアズマドラゴンなのかい?」

「うん……」


 シライシは腕を組み、

「イヌガミで総がかりしてリビルドの大群を止められるか」

「数が多すぎます」

 エンマが即答。


「ドラゴンを相手にできるか」

「邪魔をするのがせいぜいかと」


「アズマ工房市までたどり着くのはいつか」

「小型は一か月、大型は三か月程度。飛行型はいつ来てもおかしくありません」


 シライシは深く息をしてから、

「イヌガミを前進拠点に集めて、やつらの侵攻を邪魔させろ。時間を稼ぐ。その間にアズマ工房市は守りを固める。そして工房にはこの事態に対処できる物を作ってもらいたい、ヒバナ組合長代理」


 評価会の後、工房組合はゴンドウを辞任させて代わりにヒバナを組合長代理としている。


 ヒバナは無表情に、

「予算はかかりますわよ」

「かまわん」

「禁忌を破りますわよ」

「仕方なかろう」


 ヒバナは俺を見て、

「またリュウにやってもらいますわ。事態に対処できる新しい体を用意しましょう」

「おう、やってやるぜ」

 俺が元気よく返事すると、なぜかヒバナはどこか悲し気な表情を浮かべた。

「設計を話し合いたいので、リュウ一人で薔薇の園までお越しくださいませ」

「ん、ああ。分かった。この会議が終わったらすぐにやろうぜ」

 その時の俺はまだ、なぜ一人でなのかを理解していなかった。



 ヒバナの第七工房、薔薇の園。

 その応接室にヒバナは待っていた。


「まず見てほしいものがありますわ」


 応接室は広く白い部屋だ。まるで美術館のように、これまで開発した技術品がガラスケースに収められて展示されている。

 そのひとつをガラスケースから取り出して、ヒバナは応接テーブルに置いた。

 俺と緋花は応接ソファに座る。


 俺は置かれた品を眺める。

 無骨な四角い箱に筒が接続されており、筒にはレンズがはめられている。


 ヒバナは筒の前に鉄の人形を置き、箱のスイッチを白く細い指で押した。

 機械はブウンと低く唸り、鉄の人形に赤い点が生じる。点はみるみる広がり、鉄の人形が赤熱する。まるで氷に湯をかけたかのように鉄の人形はどろりと溶けた。


「レーザー発振器か!」

 第七工房の突出した科学力にはつくづく驚かされる。この世界にレーザー発振器が存在するとは思わなかった。


「ご明察ですわ。でも照射時間も出力も実用には至っておりませんの。リュウにはこれを実用品に仕上げていただきたいですわ」

「この小型でもかなりの性能に思えるんだが、実用にはどんな性能を求めるんだ」


 ヒバナはため息をついた。

「やはりお気付きではなかったのね。シライシ会長が求めていたのはアズマドラゴンを止めることですわ。すなわち、アズマ工房市の守り神であった龍を殺すのです」

「なんだって!」


 アズマドラゴンは途轍もなく強大だ。それを倒すには恐るべき破壊力を備えねばならないだろう。それよりもなによりも、アズマドラゴンはアオイが仕えているのだ。彼女は龍を深く愛している。龍殺しと化した俺を見たらどれほど悲しむことか。

 アオイは恩人であり家族なのだ。泣かせたくない。


「前にやったように、黒く染まったのを浄化してやればそれでいいんじゃないか」

「そのあと、ドラゴンが黒い巫女に支配されてしまったのをお忘れかしら」

「ぐ……」

「襲来するリビルドすべてを滅ぼすか、元凶の龍を殺すかですわ。仮に前者を選ぶとしても、黒く染まった龍がただ見ているだけとは思えません」


 俺は機械の歯を食いしばった。

「ともかく、力は必要だ。開発しよう」

「そうなると思ってましたわ。工房にご案内します」


 ヒバナは立ち上がった。

 彼女がまとっているのは、ふわふわとしたレースのドレス。髪は長いツインテール。およそ工房で作業するような姿ではない。

 そのドレスが一瞬で黒いツナギに変じた。

 髪型もショートヘアーに変わっている。

 工房で働くための格好だ。

「カーボンナノチューブ制御ですわ」

 服やウィッグの繊維を機械制御で動かしているのだろう。


 応接室の奥が左右に開いていき、その先が見えてくる。

 各種の機材や組み立て中の機械が並ぶ広大な作業空間だ。


「行きますわよ」

 俺はヒバナについていく。


 幾重もの翼を持つ天使のような人形が置かれている。

 サイズはイヌガミと同等。

 微細な彫刻と繊細な曲線美は美術工芸品にしか見えないが、イヌガミの規格をベースにヒバナが開発している新型機だろう。


「そちらはまだ未完成、お見せできる品質ではありません。見ていただきたいのはこちらですわ」

 ヒバナが示したのは、作業台に横置きされた長大な筒だった。長さ三十メートルはあるだろう。

 先ほど見せられたレーザー発振器と基本構造は同じだった。

「ドラゴンの装甲を抜くのに必要な出力から逆算すると、この大きさになりますのよ」

「できてるじゃないか」

「今は一回照射するだけで自壊しますわ。リュウの制御技術で仕上げていただきたいの」


 俺は眺め回す。

「しかし、この大きさの物を取り回すとなると、グソクはもちろん、イヌガミや重グソクでも重すぎて無理だな。固定兵器にしたら、すぐドラゴンに壊されるだろうし。十五…… いや二十メートル級の機体が必要か」

「お任せしますわ」

「……それも俺にやれと!?」

「ええ、レーザー射撃には高度な火器管制能力も求められますから、リュウ自ら使うのが最適ですわ」


 これを使って飛び回るドラゴンと戦うならば機体はどのようなスペックにするのが理想か。

 アオイが愛するドラゴンを殺したくはないという思いとは裏腹に、ビルダーとしての俺が猛烈な勢いで機体構想を考え始めてしまう。


 工房の通信機が呼び出し音を鳴らした。

 ヒバナが通信相手としばらく話す。

 通話を終えて、

「飛行型リビルドの編隊が前進拠点を爆撃して、そのまま飛行を続けているそうですわ。現在の進行方向は南、アズマ工房市。高度七千」

「高度七千だと。俺たちの装備では手も足も出ない高度だぞ。そうだ、そのレーザーを」

「一回使えば自壊すると説明しましたわよね」

 この大型レーザーさえ使えれば楽だったのだが。


「最初に見せてもらった小型のやつはどうだ?」

「あんな低出力でよろしければどうぞ」

 せめて小型レーザーでもないよりはましだ。


 アズマ工房市の上空まで到達されてしまったら街全体を爆撃されてしまう。その前に迎撃する手段を考えねばならない。


 それにしても爆撃とは、この世界では使えないと思っていた火薬を一方的に使われるのはひどいハンデだ。

「またアトポシスの仕業か……」

「決戦を思い出しますわ」

 ぽつりとヒバナがつぶやく。


「決戦、なんのことだ?」

「そんな話をしている時間はないのではなくて?」

 ヒバナは話をごまかそうとする。失敗したという顔つきだ。

「飛行型リビルドを撃退できたら話に来るからな」

「……」

 ヒバナは過去にアトポシスとなんらかの関わりがあっただと俺は確信した。

 だが、まずは飛行型リビルドをなんとかしないと。

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