第19話 エレファント

 エレファントが前面機関銃を掃射してくる。

 イヌガミの頭部に着弾、装甲で弾いて火花が散る。衝撃でセンサー情報にノイズが走る。

 エレファントの軽機関銃ではイヌガミの装甲を抜けないようだ。しかし喰らい続けるのは危険だ。


 イヌガミはエレファントの側面へとダッシュ。

 エレファントは無限軌道でゆっくり旋回してくる。これなら余裕でかわせると思ったとき、エレファントは六本足を伸ばした。瞬時に車体を旋回、主砲がイヌガミに狙いを付ける。


 近すぎる、避けられない!

 イヌガミは格闘モードに変形、前腕の爪をクロスさせた。

 エレファントの主砲から爆炎。

 超音速の砲弾がイヌガミの爪に直撃。

 衝撃でセンサー情報が途絶。


「マサキ!」

「お姉ちゃん!」

 通信リンクが切れて、俺とアオイは準備場で叫ぶ。


 無限に長く感じられる待ち時間が過ぎていき、ようやく通信リンクが回復。


 床にはイヌガミの足爪に削られた跡が長い線になっている。

 腕爪をクロスさせて立つイヌガミ。

 腕爪の間には砲弾があった。

 爪が砲弾を受け止めたのだ。

 着弾の衝撃でイヌガミは十メートルほど後退していた。

 だが本体にダメージはない。


 砲弾が落ちる。がらがらと音を立てながら床を転がり、外へと落ちていく。


「無事だったか!」

「よかった!」

「……イヌガミの超振動クロウは攻防一体。機体全体をミスリウム装甲するのはコスト的に無理、だからクロウにミスリウムを集中して武器と盾に使う設計は大正解でした! 提案してくれたヒバナのおかげです! 美しい!」

 マサキは興奮した口調。

「あいつが聞いたら喜ぶな」

「これぐらい当たり前って言うんじゃないかなあ」


「次はこちらの番です!」

 イヌガミは前腕の爪をエレファントに向け、射出した。カーボンナノチューブワイヤーを引いて爪は飛び、エレファントの重装甲に突き刺さる。

「リロード!」

 ワイヤーが縮み、イヌガミは一気にエレファントまで引き寄せられる。

 イヌガミはエレファントのボディにとりついた。


 エレファントは苦し紛れに見当違いの方向へと主砲を発射。

 爆音が轟き、床に大穴が開く。床はひび割れ傾く。

 エレファントは滑り、下のフロアへと落ちていく。

 イヌガミはエレファントをつかんで離さず、共に落ちる。


 薄暗いフロア。

 エレファントは六本足で着地した。

 イヌガミは爪を砲塔に突き立てる。装甲が硬く、分厚過ぎて貫けない。


 エレファントの内部から高周波音。何か仕掛けてくる予兆。

 稲光が走った。

 エレファントは車体全体から高圧電流を発していた。ハイブ種であるエレファントは蓄電槽を持つ。そこからの全力放電だ。

 イヌガミの全身に高圧電流が走る。フロアが光に包まれる。


 放電が終わった。

 静かで薄暗いフロアに戻る。

 だが、そこに輝く存在がいた。

 イヌガミの全身が光り輝いている。


「ハイブ種の電撃、これを待っていたんです……」

 マサキがエレファントに告げる。

「なぜならば、このイヌガミもハイブ種! しかも超電導!」


 エレファントが放出した大電流をイヌガミは全て吸収していた。

 蓄電した超電導装甲が青白く輝いている。まるで月の光を浴びる人狼のようだった。


「超振動スピニングクロウ、オーバーヒート!」

 イヌガミの爪が左右ともに振動しながら高速回転、大電力を供給されて激しく熱く輝いている。

「アタック!」

 爪がエレファントの砲塔装甲に突き立てられる。高熱と振動と回転が、分厚い砲塔装甲を削っていく。


「残り蓄電量、八十、七十」

 激しく電力を消費しながら削り続ける。

「残り蓄電量、三十…… 十」

 エレファントの砲塔装甲が穿たれていく。

「貫通! 残り蓄電量無し!」


 エレファントがさらに主砲を撃とうとしたとき、その内部機構を爪が破壊。

 砲塔内部で暴発が起きた。イヌガミは飛びのく。

 高温の炎がエレファントの体内に走り、機構を焼き尽くす。

 弾薬に誘爆し、装甲が爆発で変形。

 爆炎が各所から噴き出す。

 炎が収まったとき、もうエレファントは動かなかった。死んだのだ。


「……終わったみたいです」

「調べてみるね、お姉ちゃん」


 アオイがエレファントの内部データにアクセスを試みる。


「設計者、アトポシス。禁則兵器限定解除、一九四三。アンチリビルド、エレファント」

 アオイが読み上げていくデータに俺は考えさせられる。

 設計者アトポシス…… そういうプレイヤー名かクラン名をどこかで聞いた気もするが定かではない。

 禁則兵器限定解除一九四三とはどういうことか。一九四三年までの兵器技術を使うという意味か?

 アンチリビルドとは、リビルドの敵として生み出された存在なのだろうか?


 アオイは通信リンクを介してアクセスを続けている。

 突然、誰かと話し始めた。

「え、あなたは誰、何を言いたいの、機械の進化を許さない? きゃっ!」

「どうした、アオイ?」

「……データを読んでたら女の子が交信してきて…… あたしたちがやってる機械の進化を許さないって。もっと聞こうとしたら、リビルドの神経瘤が焼ききれちゃった」

「女の子だと?」

「黒い巫女のイメージだったよ…… アズマドラゴンをさらったのと同じ」


 エレファントもアズマドラゴンの騒ぎも、裏には黒い巫女がいたということなのか。

 この世界には得体の知れない陰謀が渦巻いているようだ。

 


 評価時間が終わった。

 イヌガミや出場者たちは会場に戻ってきている。

 審判長に呼ばれ、出場者たちは集まる。


 審判長のシライシ会長は出場者たちを見回す。

「皆さんの成果を伺おう」


 真っ先に背高組の四人が、

「我々は評価を辞退する」

 妙に潔く言う。


 重グソクに乗ったテツジが、

「俺はこいつらを拾ってきたぐらいで、大したことはやってねえ」


 ベテラン猟師のガモンは、

「グソク改はいい機体だが、限界も思い知った。第二十八工房さんには助けてもらって感謝している」


 エメト傭兵団は、

「見ろ、これが俺たちのグソクの成果だ」

 一人一人が希少金属塊を山と積み上げてみせている。


 テツジがそれを見て、

「おい、それはスパイダーが積んでたものじゃないのかよ。お前ら組んでたんだろう」

 傭兵団長は鼻で笑い、

「言いがかりは止めてもらおう」


 ゴンドウが大声で言う。

「十人そろって安全に戻り、大きな成果を上げている。グソクに傷一つついていない。すばらしいではないですか」


 シライシ会長は、

「残るは第二十八工房さんだな」


 エレファントと激しい戦闘を繰り広げたイヌガミは装甲のあちこちが灼けて傷ついている。


 ゴンドウが、

「壊れかけているではないか。こんな危ない機体は使えませんな」

 わざとらしく肩をすくめてみせた。


 気にせずマサキは話し始める。

「今回、猟師として解決せねばならなかったことは牧場への襲撃を止めることです。まずは原因を調査せねばなりませんでした」


 見物の猟師たちが頷く。


「イヌガミ走行モードの高速移動と機動性によってリビルドを回避しながら進み、センサーと分析能力によって石墓群の中央部に異常があることをつかみました」


「ふむ、何を見つけたのかね」


「伝説にあったジャイアント・リビルドの活動を確認しました。砲撃型の危険なリビルドに寄生され、ジャイアントは傷つき暴れていました。これが石墓群からリビルドの群れをあふれさせている原因だと推測します」


 猟師たちが、そうだったのかとざわめく。


「危険なリビルドは狩りましたので当面の危険は去ったと思います。なぜそんなリビルドが現れたのかは引き続き調査していくべきかと」


 シライシ会長は深く頷いた。

「第二十八工房のイヌガミは、猟師に求められる探索と狩りを見事にこなしてみせた。前人未到であった中央部に至り、極めて危険なリビルドを狩ることにも成功しておる。そのまま問題なく稼働して戻ってこれた点も評価に値しよう」


 ゴンドウは顔色を変えた。

「エメトの方々は、十人そろって危険に会うことなく高価な獲物を持ち帰ってきているのですぞ。これこそが猟師の求めるものではないですか」


 審判のエンマが呆れた顔で、

「あんたは全然わかってない。あえて危険に踏み込んで安全を目指すのが猟師なんだ。最初から安全な場所だけうろちょろしているなら猟師なんざ止めときな」

 

 傭兵団長は、

「猟師がどうとか知ったこっちゃねえ。この獲物の山を見やがれ。他の連中とは比べ物にならねえ評価点数だろうが」


 エンマは嫌そうな顔をする。確かに規則としては高く評価される成果だ。


 マサキが、

「あ、忘れていました」

 イヌガミは格闘モードに変形して腹部ハッチをオープン。

 そこから希少金属インゴットを取り出して前に積んでいく。

「倒したリビルドから入手して、運びやすいよう加工したオリハルコニウムです。」


 驚きの歓声が上がる。

 希少金属の中でも飛び抜けて高価なのがオリハルコニウムなのだ。

 エンマが数える。

「これはエメトの全員分よりも高点数だねえ」


 シライシ会長は宣言する。

「総合評価を発表する。イヌガミは評価会の実技にて最も高い評価を得た。量産によって価格は抑えられており、保守性も高いことが今回証明されておる。機猟会はイヌガミを標準規格に採用する!」


 ゴンドウは愕然としていた。

「馬鹿な、どれだけ予算をかけたと思っているんだ。グソクの安定供給こそがアズマの工房を支える産業なんだぞ。これでは二十八だけが儲かって、他は連鎖倒産だ」

 ゴンドウ派の工房長たちも、そうだそうだと騒ぐ。


 見物していたヒバナが歩み出る。

「わたくしの第七工房はイヌガミを共同開発いたしました。これからは量産用パーツの供給とわたくし専用モデルの開発を始めますの」


 他の工房長たちも歩み出る。

「俺んところは鍛造フレームを担当した。これからも任せてくれ」

「装甲を仕上げたのはうちだ」

「標準規格になったことだし、共同工房を立ち上げるか!」


 ゴンドウ派の工房長たちは戸惑いの顔。


 マサキが告げる。

「イヌガミの規格はアズマ工房市全体に公開します。参加したければどの工房でも参加できます」


 ゴンドウ派の工房長たちがおずおずと歩み出る。

「俺もやっていいのか?」

「もちろんです!」

「うちも参加するぞ!」

「俺もだ!」


 ゴンドウは信じられないという顔で、

「おい、貴様ら、グソクの生産はどうするんだ」

「ゴンドウさんとこにお任せしますよ。グソクがなによりも大事なんでしょう」


 エメト傭兵団長がやってきてマサキに尋ねる。

「十機まとめ買いするなら、どれだけ割り引くんだ?」


 こうして評価会は決着した。

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