第15話 第七工房のヒバナ

 優雅に礼をした人形は、重力を感じさせない軽やかなステップでくるりと回ってドレスをなびかせてみせた。恐るべき精密制御だ。

 第七工房からは統御球を受注していない。つまり人形の操り手は全関節を手動制御してこの動きを実現しているのだ。


「ヒバナちゃん、話がしたいの」

 アオイがコックピットから呼びかける。


 俺は頭部を下げて、

「第二十八工房で世話になっている者だ。リュウと呼ばれている。第七工房で生産されている素材の発注と、共同開発について提案に来た」


 人形は俺の周囲をふわりと巡って、

「噂のヒューマンリビルド、傷だらけで美しくありませんわね」

 あたかもバレリーナのように軽やかなジャンプステップで後ろに下がり、かわいらしく両手を両ひざにつけて俺を眺める。

「わたくしの作り上げた専用グソク、ローズウィドウの美しさとは比較にもなりませんわ」

 ため息をついてみせる。


 ローズウィドウと呼ばれた人形の表面に複雑な線が走る。

 線は割れ目となり、広がり、あたかも薔薇が咲くかのように花びらのごとき外装が開いていく。

 大輪に咲いた黒い薔薇の花からは少女が現れ、美しく床に降り立つ。

 まるで薔薇から生まれた妖精のようだ。


 少女は鮮やかな赤い髪だ。渦巻くツインテールが焔を思わせる。

 抜けるような白い肌に金色の瞳が目立つ。

 筋の通った鼻ときれいに膨らんだ唇がよくできた人形のような印象を与える。

 この少女、ヒバナ自身がひとつの美術品かのようだった。


 ヒバナはつまらなそうに、

「美しい話をしていただけますのかしら」

 ドレスをなびかせ、部屋に置かれているソファに浅く座った。


 俺はアオイをコックピットから降ろし、続いて少龍のボディから俺を子龍として分離する。

 アオイと俺もソファに座る。

 俺はソファを重量で破壊しないように空気椅子状態だ。


 子龍のボディにヒバナは多少の興味を引かれたようだった。

「その大きさに知能制御を収めているのは美しいですわ。転換臓も超小型のようですわね。わたくしに譲っていただけないかしら」

「リュウは家族だよ! 譲ったりできないよ!」

「あら残念」

 ヒバナはがっかりした表情を浮かべる。


 本題に入ることにする。

「俺たち第二十八工房は、機猟会の評価会に向けて完全新型機の規格を提案したい。そのために第七工房の力を貸してほしい。できれば他の工房とも力を合わせて共同開発したいんだ」

「ヒバナちゃんちの、かあぼんなのちゅうぶを使わせてほしいの」

「超電導技術も使いたい」

 俺とアオイはまず要望を伝えた。

 さて交換条件を出されるか、拒絶されるか。


「醜いお話ですわね。わたくしが目指すのは最美のビルドですのよ。力を借りたければ美しい提案をしていただけないかしら」

 ヒバナは呆れた様子で言う。

 むしろ俺が呆れた。何を言っているのかちっとも理解できない。

 

 ともかく話を続ける。

「共同開発ではもちろんこちらの技術情報を開示する。規格が完成したら新型機は自由に開発してもらってかまわない」

「ナノチューブに見合う美しさをお渡しいただけるの?」

「統御球、三次元出力機による複合異能性素材、電磁スラスター技術、この少龍を構成している技術の諸々だ」

 俺は少龍のボディを見やる。


 ヒバナも己のグソク、ローズウィドウを見やり、

「この子はもう十分な美しさに満たされていますわ」

 そう言うや立ち上がった。

「お帰りくださいませ」

「話は終わっていないぞ!」

「これ以上話しても美しさを損ねるだけですわ」


 ヒバナの拒絶には取り付く島もない。

 これ以上は話しても無駄なようだ。

 俺は立ち上がり、アオイも仕方なく立ち上がる。

 俺は少龍のボディに戻り、アオイも乗り込む。


 後ろ髪をひかれる様子のアオイが、部屋を出ていきながらも言う。

「ヒバナちゃんのグソクはとても美しいよ。でも、リュウは最高に強いロボを目指すんだって。やることはいくらでもあるんだって。ヒバナちゃんのグソクは最高に美しいのかな?」


 そう言われたヒバナからは怒りの焔が噴き上がったかのようだった。

 ヒバナは傲然と顎を上げ、腰に両手を当てて立つ。

「……侮辱は許しませんわ!」


 扉は閉まり、ヒバナの姿は見えなくなった。

 俺たちは第二十八工房への帰り道につく。


「すまない、役に立てなかった」

「ヒバナちゃんは難しいね」


 機械の足でとぼとぼ歩いていると、第二十八工房のガレージ前に人だかりが見えた。なにか騒ぎになっているようだ。

 加速して近づく。


「あんたんとこの変な機械のせいで、うちらの工房に注文が来なくなっちまったじゃねえか!」

「新技術とか迷惑なんだよ! 市場を荒らすな!」

 グソク五体がマサキを取り囲んで文句を言っている。

 記憶と照合する。ゴンドウを護衛していた男たちと声が一致。


「邪魔だ、どいてくれ」

 五メートルサイズの俺が割って入ると、三メートルのグソクたちもさすがにいったん退く。

「大丈夫か、マサキ」

 マサキは青い顔だ。

「この人たちの工房が統御球のせいで潰れかけているんだそうです」

 嘘に決まっているが、どう対応すべきか厄介だ。


 グソクの一体が俺の足に手をかけて、がたがたと揺らしてくる。

「危険なリビルドは街から出ていけ!」

 不快に思った俺が軽く足をひねると、そのグソクは大きく転がった。明らかにオーバーな演技だ。

 だがグソクの男たちは大声で叫び出す。

「暴力だ! やはりリビルドは危険だ!」


 騒ぎに周囲の工房から人々が出てきて、遠巻きにこちらを見ている。

 来たばかりの俺にはこういうときの正しい対処方法がわからない。どうすればいいんだ。


 騒ぐグソクと俺たちの間に突然の風。

 ふわりと空を泳ぐドレス、降り立つは黒銀の人形。

「美しくありませんわ」

 そこにはヒバナのローズウィドウが現れていた。手には白銀の剣。


「なんだ貴様、邪魔するか! そいつらは技術を独占して勝手放題しているんだぞ!」

 グソクの男たちがわめく。


 ローズウィドウは剣をグソクたちに突きつける。

「わたくし第七工房のヒバナ・タチバナは美しさのより高みを追い求めるべく、第二十八工房との技術交換と共同開発を決定いたしました」

「ぐ…… お前たちだけで独占する気だな!」

「共同開発者は全ての工房から募りますわ」


 おいおい、勝手に決めちゃってるよ、この人。俺は笑ってしまう。

 マサキも苦笑しているようだ。

 しかし嫌な笑いではない。


「こいつらは嘘つきだ! とにかくやっちまえ!」

 グソクたちはもう建前もなにもかなぐり捨てて、殴りかかってきた。

 ローズウィドウは片手でグソクの頭を掴んで逆立ちし、そのまま一回転して優雅に着地。その手にはもぎ取ったヘルメット。

「その顔、覚えましたわ」

「なにい!」

 顔がむき出しになって、グソクの男が慌てる。


 俺はマサキを後ろに回した。

 俺につかみかかってきたグソクを片腕で持ち上げて上下をひっくり返す。

「下ろせ!」

 ヘルメットを外してやると、この男も慌て顔になった。

「わ、悪かった下ろしてくれ!」

 しばらく振り回してから下ろしてやると、ふらつきながら逃げ出す。


 ローズウィドウを二体が囲む。

 ローズウィドウは軽やかにステップを踏んで、あっと言う間に回り込む。剣を振うとグソクのロック機構を切断した。グソクは前後に割れて中の男をさらけ出す。もう一体もたちまち同様の目に。

「そんな馬鹿な!」

 男たちは一目散に逃げ出す。残る一体も後を追って去っていく。

 暴れていたグソクの男たちは一人残らずいなくなった。


「ありがとうございます、ヒバナ」

「ありがとう、ヒバナちゃん」

「助かった、ヒバナ・タチバナ」

 俺たちは口々に礼を言う。


 ヒバナのローズウィドウは俺たちと逆の方向を向き、腰に手を当てている。

「わたくしはただ醜いものを排除しただけ」


「どうして共同開発してくれる気になったんだ」

「全く…… 全く美しくありませんでしたわ。このわたくしが最美を追い求めようとしないだなんて。わたくし自身を侮辱する行為でした。アズマの力を集めて最高の規格を作り上げますわよ。そしてわたくしの新型機が新たな最美を手に入れるのです」


 アオイは嬉しそうに言う。

「ヒバナちゃんとリュウって似てるよね」

「そうか?」

 俺ははなはだ心外なのだが、しかし頼もしい仲間が増えたことは確かだった。

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