第14話 開発計画
第二十八工房のガレージ内、大テーブルに記録板を広げてマサキ、アオイ、俺の三人が囲む。
機猟会のアーマービルド新標準規格に向けた設計を検討するのだ。
マサキが猟師の求める要点をリストアップ。
「まず、遠くへの移動しやすさです」
「鋼原奥地でいろいろあって遠征も増えてきたよね」
アオイが相槌。
「巡航性能が重要だな」
「大型リビルドを相手にできる攻撃力」
「奥地だと大型だらけだもんね、お姉ちゃん」
「最大の攻撃力を持った最強ロボを作るとするか! ドリル射出とかいいんじゃないか」
「え、今回の趣旨とはちょっと違うのではないでしょうか?」
「強いに越したことはないんじゃないのか」
「原価や使い勝手を考慮して、必要十分な落としどころを探すべきです」
「リュウは使い捨ての必殺武器をつけたがるよね。でも猟師はそれじゃ困ると思う」
「そうか……」
四面楚歌である。残念だが今回は断念せざるを得ないようだ。これが量産型の宿命なのか。
「まあいい、やることはいくらでもあるからな」
「獲物を多く運べることも大事です」
「大型ビルドを狩ったら持ち帰るのが大変だよね」
「輸送のための圧縮加工を考えてみるか」
「壊れにくくて修理しやすくしてほしいそうです」
「当たり前っぽいけど、グソクは使うのが難しくてあちこちぶつけたりして壊れやすいわりに、いろんな素材を寄せ集めて作る一品物だから修理しにくいよね。なんとかできるといいな」
「部品は共通規格化しよう」
「安いほうがよいそうです」
「単品としては高くても修理代がかからなくて結局は安くつく、という方向性もありなんじゃないか」
「そうですね。先に原価を気にしすぎると発想も狭くなってしまいますし」
「それと猟師は使い慣れた確実性を求めるので、あまり斬新すぎると受け入れてもらえないかもしれません。でも私はあえて遠慮せずやってみたいんです。お父さんが目指していたグソクの進化にあらためて挑戦する機会ですから」
「うん、やろうよお姉ちゃん!」
「いいじゃないか、進化させてやろうぜ!」
三人の手を重ねる。
「方向性なんだが、グソクをさらに改良していくか?」
「ないですね。まとまりすぎて、これ以上は発展の余地がありません」
「だよな」
「あたしは少龍を元に作るのがいいな! たくさん移動できるし、素材も運べたし、強いよ!」
「ただ自分で作っておいてなんだが、複雑すぎて壊れやすいし、機動性が高すぎて万人向けじゃないかもな」
マサキは目を輝かせた。
「そこを改良しましょう。必要な機能に絞って、もっと頑丈に、使いやすくします」
「三次元出力機はとっぱらうか」
「そうですね。ウィングスラスターも過剰だと思います」
マサキが記録板にメモしていく。
「拳を撃ち出すのは強かったですけど、使い捨ては勿体ないですね」
「そこなんだが、丈夫な線を使って回収するようにできないだろうか」
「鋼線では耐久性が不足しそうですね……」
「特殊素材が欲しくなるなあ。難しいとは思うんだが、カーボンナノチューブなんてものを作っている工房はないだろうか。三次元出力機では作れないんだ」
「なのちゅうぶ、ですか?」
「炭素原子を六角形に並べて筒にしたもの、なんだが」
そこでアオイが手を挙げた。
「あるよ!」
「え、あるのか?」
「前の奉納祭で、第七工房のヒバナが奉納したのがその、かあぼんなのちゅうぶ、だって言ってたよ。作り方もなにも教えてくれなくて、ただ自慢したかったみたい」
「それを卸してもらえばいいじゃないか!」
そこでマサキがため息をついた。
「第七工房のヒバナ・タチバナですね。あそこは特殊素材の最先端加工が大の得意で、この前は常温超電導を実現したと自慢していました。でも秘密主義で何も教えてくれませんし、特殊素材は自分たちで使うだけなんです」
俺は頭をひねって、
「こちらからも情報を提供して、共同開発とはいかないか」
「正直、ヒバナは苦手で…… 会話が成立しないんです」
マサキはぎゅっと腕を組んで唇を噛む。よほど苦手らしい。
「だったら、あたしが話してきてもいい?」
「俺も会ってみたい」
「お勧めはしませんが…… どうぞ」
自分は行かないという意思表示でマサキは一歩下がる。
早速連絡を取りにアオイは通信機が置いてある部屋へと向かう。
「こちらからの技術情報提供や共同開発を交渉材料にしてもいいか?」
「はい、もともと統御球の情報はリュウさんに教えていただいたものですからご自由に。共同開発はできるものならばすばらしいと思います。ヒバナと組めば他の工房も乗ってくるでしょうし。会話できればですけど」
通信機を使いに行っていたアオイが戻ってきた。
「忙しくて会う暇はないけど今すぐ来なさいって、ヒバナが」
確かに会話するのは難しそうな相手だ。
こちらの技術力を分かってもらうために、俺は子龍のボディで向かうことにした。応急修理でとりあえず装甲は付け直している。傷だらけな見た目はさておき機能的な問題はない。
得体の知れない正体不明リビルド扱いされないよう、胸部と背部には第二十八とペイントしてもらっている。
「行ってくる」
「行ってきまあす!」
「くれぐれも気を付けてくださいね」
第二十八工房のガレージを出た。アオイを乗せて工房区の道を歩く。
似たような作りの工房がずっと並んでいる。
四角く、飾り気がなく、頑丈そうな作りの灰色な建物ばかりだ。
俺を見て驚く通行人も多かったが、第二十八と記されているのを見て、あそこがまた新しいことに取り組み始めたのかといった感想を漏らしているのが聞こえた。
アオイの道案内でしばらく歩くと、向こうに黒い建物が見えてきた。
回りの工房施設よりも一回り大きくて妙に複雑な輪郭をしている。
俺はズームしてみる。
その建物は金属製の蔓に全面を覆われていた。あちこちに金属製の薔薇も咲いている。
街路からその建物の入口までには薔薇のアーチが建てられている。
曲面的な建物は宮殿を思わせる。その屋上では蔓が束ねられて七を大きく象っている。
「薔薇の園……?」
「あれ、名前知ってたの? あれがヒバナの第七工房、薔薇の園だよ」
こんな工房があるのかと俺は驚かされた。
薔薇の蔓に覆われた丸い建物は、なにかの美術館か怪しい宮殿の類に見える。工房とは到底思えない。
「さっさとお入りなさい」
壁面スピーカーから大きな声が響いた。
しかし建物は蔓だらけだし薔薇のアーチを五メートルサイズの俺はくぐれない。
困惑していると、薔薇のアーチはするすると床に引き込まれていって見る間に跡形もなくなった。
建物を覆っている蔓がざわざわと動いて、建物の前を開けた。現れた扉が大きく開く。俺でも余裕でくぐれる。ファンタジーのようだが精密な機械仕掛けだ。
俺はコックピットからアオイを降ろして、
「失礼する」
「お邪魔します」
第七工房に入る。
ガレージがあるのだろうという俺の予想は裏切られた。
美術館の一室を思わせる白く整然とした広い空間に、様々な機械が美術品のごとく展示されている。来客用の豪華なソファとテーブルも置かれている。そこはバラの香りに満ちていた。
その中央には二メートル強の高さを持つ美しい人形。
黒糸と銀糸で編まれたレースがふわりと重ねられたドレスをまとい、その滑らかで透けるような白い肌は希少金属ミスリウム製か。
ボディは完璧なる均整をもって少女の身体を形作っている。
頭部はギリシャ彫刻の女神像を思わせる美しさだが、未亡人が被るようなトーク帽から黒く薄いベールを下げて素顔を隠していた。
人形は完璧な動きで麗しく一礼する。
「美しき第七工房、薔薇の園にようこそ。わたくしは第七工房の長、ヒバナ・タチバナ」
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