第13話 機猟会

 翌日、頃合いもよく機猟会から来てくれとの呼び出しを受けて、アオイとマサキと俺の三人で出かけることになった。

 アズマ工房市の中心街区へと向かう。

 工房が立ち並ぶエリアを抜けると商業施設が増えてきた。

 ネジやナットをとりそろえた店、工具の店、様々なパーツを並べた店などが軒を連ねる様に、俺はかつてのアキハバラ電気街を思い出す。懐かしい光景だ。


「お姉ちゃんはここに来ると動かなくなっちゃうの。あ、だめだよお姉ちゃん」

「あのパーツは貴重な出物かもしれないんです」

「また帰りに見ようよ、ね」

「ああ、売れてしまいます……」

 俺も用事さえなければ見ていきたいところだが、ここは我慢。


 通りを進んでいくと、リビルドの足や頭、大きな内部パーツを派手に展示した店もあった。まるで狩った怪獣を売っているみたいだ。グソクを着込んだ猟師たちが広い店の中を闊歩している。


 興味深いのは銃器類が見当たらないことだ。

 この鋼鉄で埋め尽くされた世界は、火薬の材料となる化学物質に乏しいらしい。

 弓矢の類では大型リビルドの重装甲を抜けないことが多い。

 結果、最も強く力を発揮できる手段であるモーター任せの近接攻撃や、電磁ショックが攻撃手段の主流になっているのだとマサキが説明してくれた。


 進んでいくと、買い付けのために遠方から来ている商人たちの出先機関である商会の建物も目立つ。

 商会の大きさに比例して建物も大きく豪華になり、最大手と聞く重合商会のビルはひと際目立って偉そうだった。いつかこういうところと商売することになるのだろうか。


 市の中心部に入ると道幅が広い。

 行き交っている機械を眺めていると、マサキが説明してくれる。

「車輪で走っているのはホイーラービルド、道では便利ですが、街を出ると凸凹だらけなので使い物になりません」

「車は街専用なんだな」

「四本足や六本足はウォーカービルド、どこでも行けますが乗り心地は悪いですし、運転も難しいです」

「人間だったら酔いそうだ。お、あのグソクは? マサキたちのグソクと違って角ばってるし大きいな」

「あれはエメト工房市の重アーマービルドですね。グソクはアズマ工房市の規格商標なんです」


 説明を聴きながら商業区を過ぎるといよいよ目的の行政区。

 アズマ工房市は工房の代表たちが役員として工房組合を結成し、工房全体を仕切っている。

 猟師たちもまた機猟会に集まり、大物猟師たちが取締役として機猟会を運営している。

 この工房組合と機猟会がアズマ工房市を動かす二大権力であり、行政・司法・立法の機関だ。

 一種の共和制と言えるかもしれない。

 そういうわけで、ここの市民でいたければ基本的にはどちらか、もしくは両方に所属することになる。


 俺は第二十八工房の技師としてマサキに登録してもらっている。これで機猟会にも入れば両方所属ということだ。


「二人は機猟会にも所属しているんだよな」

「はい、新開発のためのリビルド調査を考えると、グソクの使い方を訓練させてもらえる猟師登録はありがたいんです」

 アオイの場合は龍巫女でもあるから三重所属か。


 そんな話をしながら行政区を歩く。

 地味めな工房組合の建物に対して猟師関係の建物は飾り付けが派手だ。

 龍をかたどった屋根飾りに龍の紋章を大きく掲げた建物が見えてくる。

 あれが目的の機猟会会館だ。


 機猟会会館の入口は細やかな彫刻細工が入った金属製の扉だった。

 グソクでもそのまま入れるだろう大きな扉だ。

 俺も頭を下げることなく通行できるのはありがたい。


 中は広く、役所の手続き窓口みたいな場所がずらりと並ぶ。

 行列している猟師たちが大声でしゃべっていてやかましい。

 中には酒瓶を提げて昼間から飲んでいる者もいる。大物狩りの自慢話をしているようだ。


「来たかい。リュウはお祭りみたいなお面だねえ」

 エンマが声をかけてくる。

 やっぱり俺の顔はお祭りのお面に見えてしまうのか。

 エンマは猟師服姿、たくましく凹凸のはっきりした身体をぴっちりした服に押し込めている。

 エンマは横にいる男を紹介して、

「こいつはテツジ、神殿の一件に参加してたやつだよ」


 テツジはがっちり筋肉質で背丈も百九十センチを超える大男だ。

 猟師服は胸元が大きく開かれている。

 モヒカン頭で凶暴そうな笑顔を浮かべた彼が手を差し出してきた。

「お前のおかげであのときは命拾いしたぜ。ありがとな」

「こちらこそ」

 握手する。気の良さそうなやつだ。


「会長に呼ばれてんだろ。案内するぜ」

 テツジに先導されて階段を上り二階へ。

 階段は木製だった。この世界にもどこかに木があるのか。しかしお値段は高そうだ。この機猟会が持つ権力の大きさがしのばれる。


 やはり木製の分厚い扉を開いて、会長室に入った。アオイにマサキ、テツジとエンマも続く。

 広い部屋の壁にはリビルドの頭部、角、牙パーツなどが飾られている。

 リビルドのパーツから作ったとおぼしいテーブルが置かれ、それを囲む椅子のひとつにシライシ会長が座っていた。


 俺は頭を下げて挨拶する。

「よく来たな。早速だがリュウはまず会員になってもらおうか。手を出してみな」

 俺は会長に近づいて右手を差し出す。

「うむ、やはり晶紋は持たんのか。おい、テツジ、見せてやれ」

「うす」

 テツジは右手の晶紋を掲げてみせた。その青い輝きの中に、文字と模様が浮かび上がってくる。

「機猟会、中級免状、アルティマ暦千二百七十年取得、会長、親父とエンマ先輩のサイン、それに機猟会の紋章、こんなものが見えるだろ。これが俺の晶紋に登録された免状だ」

 テツジが説明してくれる。


「その級に見合ったリビルド狩りの経験、十分な狩りの知識、実地試験、そんなのを上の人間三人からそろって認めてもらうことが免状を得る条件だ。本当は書類申請とかもなんやかやあるんだが、会長の指示で俺が済ませておいた。実績はもう俺たちが十分に認めている。お前は三人からサインをもらって晶紋に焼けばそれだけでいい」

 テツジは怖そうな見た目のわりによくしゃべるやつだ。

 さらに話し続ける。

「問題はその晶紋を手に持っていないことだ。代わりになりそうなのはないのか。額とか胸とか足とか背中とか。尻か?」

「目でどうだ?」

「目に晶紋があるのかお前? 悪くないぜ」


 テツジがさらに聞いてくる。

「お前、名前はどれに誓うんだ。子龍、少龍、リュウ」

 俺はすっかり忘れかけていた自分の名前を記憶から掘り起こす。

「ケンイチ、タテベだ」

 思えば遠くに来たものだ。

 かつての俺とつながるものは、もうこの名前だけか。


「よし、やるとするか」

 シライシ会長が立ち上がり、俺の前に立つ。右手のひらを俺の右目というか右光学センサー上に当ててくる。

 エンマも右手を重ねる。テツジがラストだ。


「わし、ダイゴロウ・シライシは」

「自分、エンマ・バンマは」

「俺、テツジ・シライシは」

「「「ケンイチ・タテベを機猟会中級免状の所有者と認める」」」

 彼らの言葉が晶紋を通じて、俺の光学センサーを構成するアオガネに書き込まれていく。

 促されて俺も続ける。

「ケンイチ・タテベは、機猟会の一員として、仲間を守り、自然を守り、アズマを守ることを誓う」

 その言葉もまたアオガネに保存される。

 最後に晶紋が機猟会の紋章を輝かせ、それが俺の目の奥に焼き付いた。


「終わったぞ、やってみろ」

 シライシ会長に言われて、俺はセンサーのアオガネに負荷をかけてみる。

「おお、かっけぇ! 目に龍の紋章が浮かび上がったぜ!」

 テツジが叫びを上げた。

「これで仲間入りだよ!」

「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

 俺は恥ずかしさで身もだえしそうになる。

 目に龍の紋章って、この上なく中二病的じゃないのか?

 この世界はどうもそういうセンスの人が多いのだろうか。


「いきなり中級をもらってよかったんですか」

 俺の問いにシライシ会長は、

「そうしないと、この後の話に参加できんからな」


 ノックの音。返事を待たずに会長室の扉が大きく開き、どやどやと大人数が入ってきた。

「呼ばれたからには来ましたぞ会長」

 先頭はゴンドウ工房組合長代理だ。一癖ありそうな中年の男女たちが続く。

「工房長の皆さんですね」

 マサキが教えてくれる。

 ゴンドウの後ろにはガタイのいい男たちが立って控えた。護衛だろう。


 エンマに促されて俺たちも座る。


「趣旨を説明してもらいたい」

 ゴンドウが腕を組んで偉そうに言う。

 シライシ会長がぎろりとゴンドウを見る。ゴンドウは慌てて目を伏せた。


 シライシ会長は語り始める。

「我々猟師はグソクを機猟会の標準規格アーマービルドとして長らく使ってきた。だが皆も知っていよう、アズマドラゴンはまったくグソクの手に負えなかった」

 ゴンドウは嫌な顔をする。工房長たちは顔を見合わせたり、頷いたり。

「しかしじゃ、このリュウがアズマドラゴンを抑えてみせた。第二十八工房がグソクを大きく改良してみせた」

「そんなリビルドは信用できない! 第二十八工房のグソクはまだろくに試験されてもいない!」

 ゴンドウが声を上げる。

 シライシはその発言を無視して、

「今後のアーマービルドに何を使っていくべきか、機猟会では見直しを行うことにした」

 室内がざわつく。

「二十日後、クダリ石墓群にて評価会を行う。このところ近辺の牧場にて、クダリ石墓群から現れたリビルドによる被害が急に増えておる。そこでクダリ石墓群にてリビルド狩りを行い、もっとも高い成績を上げたビルドを今後の規格と考えたい。各工房から一機だけ、種類も規格も問わん。グソクだろうがウォーカーだろうが自由じゃ。新技術を使うも使わんも任せる。人数も好きなだけ乗せてよいが、あくまでも一人分の成績を評価するぞ」


 マサキが手を上げる。

「一機では運の要素が強すぎるのではないでしょうか」

「過程も考慮して評価する。過程を見せることもできずにすぐ終わるようであれば、その程度ということじゃ」


 ゴンドウが問う。

「他の工房と協力していいのか」

「構わん。それもまた実力の内じゃ」

 ゴンドウは笑みを浮かべた。勝利を確信しているようだ。


 他にも小さな質問がいくつか出てから説明は終わった。


 帰り際、エンマがマサキに声をかける。

「評価を行う中立の立場上、皆に同じことを伝えるんだがね、猟師が求めるものを話しておく。遠くまでの移動が苦にならず、獲物を多く運ぶことができ、壊れにくく、修理しやすい。大型のリビルドも相手にできる。これで安ければ言うことなしだ。まあそう都合良くも行くまいがね」

 エンマは笑った。


 マサキと俺は視線を合わせる。マサキの目に力を感じる。

「見ていてください。お望みの物を作り上げてみせます」

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