評価会

第16話 評価会開始

 いよいよ評価会の日が来た。

 早朝の会場はアオイたちにとって肌寒そうだ。

 いくつもテントが張られ、審判席や招待者席が作られている。


 俺たちがいるのは出場者のための準備場。

 だだっ広い広場が白線で区分けされて、その一画を準備用に割り当てられている。

 準備場には椅子やテーブルに工作器具類が並んでいる。そして新機体。

 遂に完成した新機体はまだ情報を漏らさないために布で覆っている。

 布の下でマサキが最終整備中だ。


 工房長たちの招待席からヒバナが見物にやってきた。

「やはり乗るのはわたくしのほうが相応しいのではなくて?」

「いえ、今回は標準規格の評価ですから、並の腕しかない私のほうがいいんです」

「それもそうですわね。わたくしが使ったら、わたくしの腕が良かったと思われてしまいますわ」

 ヒバナは納得したようだった。

 マサキに整備上の注意点を二、三伝えてから自分の席へと戻っていく。

「ヒバナちゃんは相変わらずだよね」

 アオイが笑う。


 アオイと俺はここから通信でバックアップする役だ。

 今は手持ち無沙汰で他の出場者を見物しにいく。

 二十日間と準備期間が短かったせいか、完全な新型機を持ち込んできたのは俺たちだけだったので、他の出場者は特に機体を隠してはいない。


 大きく目につくのはウォーカービルドタイプを持ってきたチーム。

 彼らの機体、スパイダーウォーカーはそれぞれ十メートル以上もの長大な八本足を持つ。足は腕としての機能も兼ね備え、複雑な作業に対応できる。その代わり六メートル四方の胴部には四人もの操縦者が搭乗していた。むき出しの操縦席には多数のレバーやハンドルが並んでいる。複雑すぎる動きを晶紋制御だけでは管理しきれないのだろう。


「工事業者の背高組だよ」

 アオイが説明。

「下手な大型リビルドよりもでかいな。あまり使いやすそうじゃないが」


 次に大きい機体がテツジの乗ってきた重グソクだ。八メートルはある巨体を操り、準備体操のように手足を振り回して見せている。統御球の搭載によってなかなか滑らかな動きだ。

 重グソクにはおどろおどろしい鬼がペイントされている。

「見よこの俺様の鉄鬼を! あふれる力! 男の浪漫! どいつもこいつも重グソクを使うべきなんだよ!」

 うれしそうに叫んでいる。

 使いづらくてあまり普及していないが、テツジの実家工房で製造しているモデルだそうだ。


「テツジにもがんばってほしいね」

 アオイは笑っている。

「見せびらかしに来ただけなんじゃないのか」


 統御球を組み込んだグソク改の使い手もいる。

 見るからにベテランな髭男の猟師だ。寡黙な表情で鋼鉄製の弓を整備している。


「ガモンさんだ。上級免状を持っているんだって」

「こういう人のグソクと比較したいもんだな」


 十人全員が同じ暗緑色のグソクを使っている集団もいた。

 殺伐とした面構えの男ばかりで血と暴力の臭いを漂わせている。

 グソクはごく普通の型を使っているようだ。


「アズマの猟師じゃないね、この人たち」

「出場者表によるとエメトの傭兵団らしいな。名前はたぶん偽名だろう。ゴンドウ代理に雇われたんじゃないか」


 ちらりと招待者席を見る。前のほうで商人たちを相手におべんちゃらを使っているのがゴンドウだった。


 審判席のほうにも目をやると、今回の審判長であるシライシ会長やエンマがいた。エンマは忙しそうに報告している。


 この会場があるのはリビルドの牧場。

 アズマ工房市から南東に位置するクダリ石墓群、その周辺には多数のリビルド牧場があり、その一つに会場が設営されている。


 初めて見るリビルド牧場に俺は興味津々だ。

 広大な鉄の平原が鋼鉄の柵に囲まれており、その中に小型のリビルドが群れを成している。

 飼われているのはハイブ種と呼ばれるタイプのリビルドで、転換臓の他に蓄電槽を持っていて省エネルギーで活動できることと、平原向けのタイヤ足を持つことがハイブ種に共通する特徴だそうだ。


 中でも小型ハイブ種のビットリビルドはおとなしくて飼いやすく、良い蓄電槽が取れるのだという。

 鋼原に生える金属植物の機構草を食べて育つので育てるのも楽だ。


 ビットリビルドは車が原型なのだろう、丸いボディは小型乗用車を思わせる。サイズも同程度だ。


 しかし成長する機械というものを目の当たりにするのはシュールだった。

 長さ四メートル程度の親ビットたちが機構草を食みながら歩き、それを数分の一サイズの子ビットが追いかけている。

 食べて成長して増殖していく機械細胞リビルドセルの驚異だ。


 牧場の彼方にはクダリ石墓群と呼ばれるエリアが見える。

 俺には大都会にしか見えない景色だ。

 灰色の四角い箱が道に沿って立ち並び、奥には高層ビルのような高い直方体もそびえている。あたかもビルなのだが、鋼原が自然に生み出した形状なのであって、人が建てた代物ではないのだという。

 アズマ工房市の人々はこの箱状物体を石墓とみなし、クダリ石墓群と名付けた。

 確かに、かつて多くの人々が居住した都市の墓標にも見えた。


 クダリ石墓群の道路部分には様々なハイブ種が住みついていて、ビットも元はそこから捕獲してきたものだそうだ。

 ビットのようなおとなしい小型タイプばかりではなく、中型のブロウズや大型のブロヴィアントは突進されるだけでも危険だという。


 近頃はそうした危険種がなぜか石墓群から出てくるようになって牧場を荒らしている。

 このためにクダリ石墓群の危険種を狩ってその成績を競うというのが評価会の趣旨だ。


 一通り見て回ってからマサキのところに戻る。

 新機体の整備確認をまだマサキは続けていた。


「どうだ」

「もっと機構を擦り合わせたいんですが」

 なにせできたてで、ろくに試験操縦もしていない。調整したいことは尽きないだろう。


 牧場のほうから異音が響いてきた。

 車のクラクションみたいな異音が重なり増えていき騒々しい。

 ビットたちによる警告の鳴き声か。

 

 クダリ石墓群のほうからリビルドの群れが近づいてくる。

 目指すはビットたちのようだ。人がここに集まっていることは気にしていないらしい。


 拡声器を使ってアナウンスが行われる。

「中型ハイブリビルド、ブロウズの群れがビット牧場に接近中。直ちに評価会を開始する。繰り返す、直ちに評価会を開始する。ブロウズ狩りは評価に加えられる。続けてクダリ石墓群の狩りに移行せよ」


「いきなりですか!」

 マサキは慌てた声。

「あせらなくていいよお姉ちゃん、評価会は十二時間もあるんだし」

 アオイが落ち着かせる。

「そう、ですね」

 マサキは慎重に始動準備を始めた。

 機体の各機構が唸りだす。

 転換臓の作動音が高まっていく。


 ブロウズリビルドはビットと同様に転換臓と発電槽を持つハイブ種だが、小型のビットに対して一回り大きく、中型乗用車ぐらいのサイズだ。

 おとなしいビットとは違って攻撃的であり、いきなり全力で走り出してぶつかってくるので油断がならないそうだ。主にビットを捕食するので牧場では害リビルドとされている。

 ハイブ種に電撃は効かないどころかむしろ元気づけてしまうので電磁槍は効かないのが要注意だ。


 そのブロウズが大挙して牧場に向かってきている。


 ブロウズの群れは動きが速い。

 もう牧場の柵を破って侵入し、ビットの群れに襲いかかろうとしている。

 ブロウズはビットよりも一回り大きい四本タイヤ足のリビルドだ。

 車でいえばフロントグリルに当たる箇所が顎になっていて、その中ではチェーンソーのような刃が回転している。獲物を切断捕食するためのものだろう。


 瀬高組のスパイダーが駆けだしていった。

 ビットに取りつこうとしていたブロウズを長大な腕で振り払う。


 テツジの重グソクが前進していき、ハンマー状のアームをブロウズの背部に叩き込む。ブロウズはへしゃげて二つ折りになった。


 ガモンのグソク改は鋼弓を使って的確にブロウズの転換臓を狙撃していく。

 速度優先なのかブロウズの装甲はかなり薄いようだ。


 十人組のエメト傭兵団は並んで盾を構え、隙間から長い槍で突く。槍は機械仕掛けで伸びてブロウズに突き刺さり、穴だらけにする。


 彼らが群れを始末しているさなかに叫び声。

「気を付けろ、また来たぞ!」

 さきほどの倍はあろうかという群れが迫ってくる。


 マサキがコックピットシートに座る。

 シートは胸部に収納されて、ハッチが閉まる。

「全機構確認完了、出力正常です」

「いってらっしゃい、気を付けてね、お姉ちゃん」

「無理するなよ」

「ふふっ、ちょっと無理したくなっちゃいました。凄い性能を感じます!」


 俺とアオイは機体を覆う布を引きずり下ろす。

 灰白色の機体が姿を現す。

 体長八メートル、重アーマービルド。

 精悍な狼の姿を持つ金属製の獣。

 四本の足には長く鋭い爪が輝いている。

 その目が青く光る。


「新型重アーマービルド、イヌガミ、行ってきます!」

 イヌガミは弾けるように駆けだす。

 柵を飛び、そのままビットの群れを越え、迫りくる新たなブロウズの群れの前に火花を散らして降り立つ。

 四本足の狼だったはずのその姿は瞬時に人間型へと変形していた。

「イヌガミ、格闘モード!」

 そのまま群れに突入、両腕の爪がブロウズを深く切り裂く。

 ブロウズが体当たりをかけてきた。

 瞬時に四足へと戻ったイヌガミはブロウズの背部を駆け抜けながら爪で切断。


 一陣の風が吹き抜け終わったとき、ブロウズの群れは全滅していた。


「イヌガミは予想以上!」

 マサキの声は高揚している。

「お先に失礼します!」

 イヌガミはクダリ石墓群へと駆けていく。


「先を越されたぞ!」

「待て!」

「一緒に行ってくれないのかよ~!」

 様々に叫びながら他の出場者たちも後を追う。


 だがエメト傭兵団のグソクたちは妙に落ち着いた態度だった。

「慌てるなんとかはもらいが少ないってな」

 傭兵の団長がほくそえんだ。

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